2008年05月30日

『イン・ザ・ペニーアーケード』

4560071233イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
Steven Millhauser 柴田 元幸
白水社 1998-08

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 からくり人形に情熱を注ぎ込んだ若い人形師の物語『アウグスト・エッシェンブルク』を読み始めるとすぐに、この世界と時代にいるかのように惹きこまれていきました。様々に作られる精巧な人形の姿やデパートの喧騒、新しいものへの興味、驚嘆、賞賛の雰囲気、そてに対抗するかのように出てきた人形。大衆の興味とアウグストの実直なまでの一貫した態度。この時代にあって求められるもの、惹きつけられるもの。そうしたものとは一線を引いた態度をとり続けたアウグスト。時代は19世紀だというのに、今現在取り巻く世界と同じものを感じます。

 「今日の目新しさは明日の退屈である」(ハードカバー版P48)という言葉にあるように、流行を追い求め、新奇なるものに惹かれる人間。時代とは無関係に自分の情熱を形にするアウグスト。確かにアウグストの求めるものは、初め人々に目新しさを持って迎えられるが、やがてそれが別のものに取って代わられていく。もっと卑俗で大衆受けするものに。
 時代にあった価値を提供していくことは、その時代での成功を意味するかもしれない。そして自分の求める表現が時代にあったときは流行となり成功となるかもしれない。しかし、それは一過性のもの。アウグストが求めているのは流行とは無関係だと自分では思っていても、その時代に生きる人間たちは単なる一過性の流行としか見ていない。そこでは何か本当のものが失われていくように感じてなりません。小説の中に限らず、どんどんと新奇なものが現れては消えていく忙しい現代が寂しく切なく感じられるのです。ただただ、消費する為に生きているように、どんどんと失っているような。その流れていく現代を生きる人間が感じる切なさ、忙しなさ、そういうものを感じました。こういうテイスト、とても好きです。

 表題作『イン・ザ・ペニーアーケード』も同様のテイストです。失ったものは、そこにいる人間のものの捉え方、見方、考え方なんだ、というところに集約されると思います。そこに強く惹かれます。今生きている時代をまったく否定するわけではないけども、着実に人間は様々なものを見捨て、切捨て、感じ方を変えてしまった。でも、やっぱりまだ捨てきれていないからこそ、こういう物語に心惹かれるのではないかと思います。確かにあって、きっとあるのだけど、それがわからなくなってしまったのは何故なんだろう? でも、取り戻した感じ、すぐに手から離れてしまいそうだけど、きっとあると感じられる一瞬を切り取ったような短編でした。

収録されている作品
第一部「アウグスト・エッシェンブルク」
第二部「太陽に抗議する」「橇滑りパーティー」「湖畔の一日」
第三部「雪人間」「イン・ザ・ペニーアーケード」「東方の国」
posted by kmy at 20:42| Comment(2) | TrackBack(0) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
kmyさま、お久しぶりです。
先日はコメントありがとうございます。
しばらく穴倉に潜っていましたが、
ようやっと日の目をみることが出来、
記事も更新しました。
またお寄りいただけると嬉しいです。

柴田元幸さんの訳する外国小説が好きで、
スティーブン・ミルハウザーもよく読みました。
でも、最近長らく読んでいなかったせいか、その小説世界―幻想小説にそぐわないと思えるほどの細部に渡る職人芸のような緻密さとか―をぼんやりと思いだせても、中身をまったく忘れていることに気づきました。
kmyさまの文章でまた読み返してみたいと思いました。

「小説の中に限らず、どんどんと新奇なものが現れては消えていく忙しい現代が寂しく切なく感じられるのです。ただただ、消費する為に生きているように、どんどんと失っているような。」
この文章が心にしみます。
現われては、心の表面をかすめるだけですぐ消えていった幾多のモノたち・・・。
そうでないものに今後どれだけ出会えるだろうか・・・と思いました。
Posted by Helenaヘレナ at 2008年05月31日 16:51
ヘレナさん
新しい図書室、何かとまだ大変なご様子ですね。本を選び紹介するというのは、難しい作業だと思っています。誰もが感動する本なんてありえないと思いますし。
それでも、こうして本を読み誰かにその感動を伝えてみたい、という思いはきっと通じると思います。

柴田さんの翻訳本はいいものがあるんですね。あまり気にしたことがなかったので、今度別の作家の本もと思いました。
ミルハウザーも初めてです。気にはしていたのですが、通う図書館には2冊しか蔵書がなくて、そのうちの1冊がこれでしかも書庫に入っていました。
何かを追い求め、追い続けていった先にあるものが、喜びとか楽しさとか成功とか、「幸せ」とくくられるようなものではない感じが奇妙に切ないです。
わたしたちもまた、この小説の大衆のようにどんどんと新奇なものに向かいつつ、すべてを投げ捨てていっているようで。この忙しない現代で得るものは何だろう?って、最近よく考える気分にぴったりの本でした。
Posted by kmy at 2008年06月01日 19:19
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