2008年05月13日

『Y氏の終わり』

 偶然が重なって、初めて入った古本屋で見つけたのは世界で1冊しかないといわれている『Y氏の終わり』と言う本。この本の著者はトマス・E・ルーマスといい、研究している人間は本を入手した主人公アリエルの指導教授のみというマニアックな作家。しかもその教授は失踪中。読んだものは死ぬという呪われた本として知られているのですが、これには驚くべきことが書かれていました。デリダ、ハイデッガー、アインシュタイン、ボードリヤールなどの思想を交えながら、錯綜する現実と意識の世界を読み解く旅、でも恋愛小説として読むのもいいかもしれません。
 映画「マトリックス」的世界に近い感じがあります。パラドックス、シュレディンガーの猫、不確定性原理、タイムマシンなどに興味がある人にはかなり惹かれる内容ではないかと思います。
4152088796Y氏の終わり (Hayakawa Novels)
スカーレット・トマス 牧野千穂 田中一江
早川書房 2007-12-14

by G-Tools

 煙草を吸い、コーヒーを頻繁に飲み、不倫をしているアリエルなのだけど、そのひとつひとつに引き込まれました。実際の自分とは違うのだけど、何かしらその行動のひとつひとつに、自分自身の記憶を想起させるような、そういう感じを受けました。実際に小説の中の小説である『Y氏の終わり』の内容といい、それを踏まえたトロポスフィアといい、なんだか本当にありそうに思えてきてしまったりして(いえ、実際あるのかもしれない)、この小説にかなり入り込んでしまいます。
 それもそのはずなのかも。意識というレベルにアクセルしていくというアリエルですが、読者=アリエルとして読んでいくことにより、自分自身がアリエルに入り込んでいることと近いものだからなのではないかと。読むことで意識し思考する自分がいて、登場人物ではあるけども、アリエルの意識アクセスすることが、実際に本と自分との間でこの本の用語に従えば「ペデシス」している状態の感じです。
 
 それにしても、思考についてと現象についての様々な説は完全理解には程遠いけどもかなり興味深いことばかりです。 同時にあらゆる状態で存在しているという粒子の世界。速いと同時に遅く、あらゆる場所に存在する、という量子物理学の世界や、ボードリヤール、バトラーなどの説をもっと理解したいところです。


 作中作と思われるルーマスの別の小説、『青い部屋』や『ダゲレオタイプ』も思わず読んでみたくなる内容です。幽霊についての存在について議論する『青い部屋』の哲学者についてはかなり気になるところ。そのものが何をもって「存在する」「存在しない」というのかということについて、気になっています。
たとえばきみは、宇宙をテープのように巻きもどしたり、われわれがきのうと呼ぶ時間があることを確信したりできる――しかし、きのうは、われわれがそれを考えだすから存在するんであって、現実じゃない。きのうという時間がじっさいに起こったとぼくに対して証明することは不可能だ。人間が自分に信じこませていることは、すべてフィクションだ。作り事なんだよ。
同書P171

 今ある現実が揺らいでくるのだけど、でもそう思うことが時々あります。事実とは何だろう、目に見えているものとは、その意味がなければ、事実は異なるのだろうか、と。
 ただ、ラストはちょっと気になる。ややネタばれ:わたしはそれでもこの現実に生きていく、行かねばならないというようなものが好みなのです。この小説の場合、現実としては完全に分離した意識世界に留まってしまいますし、その根源を突き止めることで収束させているようなのですが、それはそれで面白いと思う一方、現実のほうは切り捨て的な感じが否めません。←ここまで反転。
 ボードリヤールについて読みたいと思っていますが、果たして理解できるかどうか、というところです。量子物理学とデリダもしかり。
この記事へのコメント
これは挫折本です…というか、貸し出し期間内に読み切れなくて次の方の予約が入っていたのでそのまま。
いろんなところで面白そうな、とても気になる内容だという感じの紹介を目にしてたのですが、kmyさんの記事を読んだらますます気になってます。

ああ、こうしてまた「読みたい本」がたまって行きます(笑)。

量子物理学については、こないだ『爆笑問題のニッポンの教養 タイムマシンは宇宙の扉を開く 宇宙物理学』という本を読んだのですが、わたしみたいな物理音痴にはとっかかりとしてとてもいいんじゃないかと思いました。
アインシュタインの相対性理論ではタイムマシンが理論上できてしまうけれども、ホントはそうなったら困るので、量子物理学で、それができないことを証明しなくちゃいけないのだと。
この教授に直接お話を伺いたいなぁ、という面白い内容でしたよ♪
Posted by ヤヤー at 2008年05月18日 21:29
ヤヤーさん
わたしも「気になる」内容だとは思いつつ、やや値段が高いので図書館で借りることにしました。
ただ、行き着け図書館は相変わらず蔵書になく、県立図書館からの貸し受けだったのですが、新しい本だからか、予約してから「本当に受け付けてくれているのだろうか?」と思うくらい長いこと借りれませんでした。

ご紹介の本も面白そうですよね。また図書館にはなさそうな予感がしますが。
物理は本当に苦手で、それでも相対性理論とか、タイムマシンとか、そういうものに惹かれます。永遠に理解できなそうだけど。
今の現実感というのは、ボードリヤールによって解析されているというのもわかって、物語としてSFっぽさ、ファンタジーっぽさに加えて、思想的なものへの興味も沸きました。
主人公アリエルは年齢高めで親近感沸きました(同じくらいなのかな)。
Posted by kmy at 2008年05月19日 13:15
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