2008年02月07日

『ストーカー』

 以前から読むぞ!と思っていたストルガツキーの本。でもって読むならと思っていたのがこの『ストーカー』です。ようやく読了。

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4150105049ストーカー (ハヤカワ文庫 SF 504)
アルカジイ・ストルガツキー ボリス・ストルガツキー 深見 弾
早川書房 1983-02

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 うーむ、と唸るような物語です。来訪と呼ばれ、異星人が訪れたのではないかと思われる場所ゾーンには人間の理解を超えたものが数多く存在しています。そこに不法侵入しさまざまなものを持ち帰ってくるストーカーと呼ばれるものたちがいる。<空罐><魔女のジェリー><黒い飛沫>など、その成分や実体のわからないものを持ち出しては金を得るストーカーたち。異星人とのコンタクトだとか、国家的、世界的な事業足らしめる要素とか、知的発見とか、そういうものはありません。

 主人公レッドは生きるためにただひたすら生きていると感じます。ゾーンからものを盗み闇で捌いていますが、それが冒険とか、悪とか、金銭のためとかではなくただ生きるための方法と感じます。なんというか、筋が通っている人間と言う感じがします。そして強い。こういう状況下でおびえて暮らすのではなく、それでも強く状況を見据えて「生きている」感じ。
 こうしたレッドの行動とワレンチンとヌーナンの会話から、ただ、ひたすらに人間は生きるために生きているのだというのを感じます。ワレンチン博士の言葉にあるとおり、人間が生きのびることについて考えてしまいます。
「なぜ人間は偉大なのか?(中略)人間が無事に生きのびてきたし、将来も生きのびようとしているからこそ、人間は偉大なんだと答えたはずだ」(P192)ワレンチン教授の言葉

 人間にとって世界はどんどん広がり、人間が克服していけるものが数多くあり、世界は人間のためにあり、未来は明るく、展望が開ける――そういう未来社会を思い描けていた時代があったと思います。それとはまったく異なり、人間の理解を超えたものが確実に存在し、人間が「征服」するとか「理解」することからははるかにかけ離れたものが存在すること、人間の手ではどうにもできないものがあることを描く状況です。人間の与り知れない状況であっても、それでも人間は生きるために生きていくのだということを強く感じました。このごろ、未来はもう明るくないのかもしれないなどとふと感じることがあるのですが、それでも人間はどうにか生きて、生きながらえて、生きのびていくのだろうと想いをはせながら読みました。どうにか、それでも、生きているという感じが好みです。
 『願望機』も読んでみたいです。


posted by kmy at 17:28| Comment(2) | TrackBack(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>未来はもう明るくないのかもしれない

私もしょっちゅうそう思いますね。確かにそれでも人間は生きていくのでしょうね、レッドのように。
次はぜひ「蟻塚の中のかぶと虫」を!
Posted by piaa at 2008年02月07日 22:22
Piaaさん
レッドという主人公の強さにはとても惹かれました。
何でも機械で出来るかのような昔のSFとは違う、人間の力でやり遂げる、人間の力で生き抜く、そういう感じがしました。
『蟻塚』も探してみようと思っています。
Posted by kmy at 2008年02月08日 13:12
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