2008年01月25日

『変身,掟の前で 他2編 』

 『すべての終わりの始まり』に収録されている「男性倶楽部への報告」の元ネタ「アカデミーで報告する」を読みたかったので手に取りました。「変身」は何度か読んでいるので飛ばそうかな、と思ったのですが、新潮の訳よりも現代的な言葉遣いで読みやすく、思わず再読です。
4334751369変身,掟の前で 他2編 (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1) (光文社古典新訳文庫 Aカ 1-1)
丘沢 静也
光文社 2007-09-06

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「判決」
 これは前半と後半でがらっと変わる感じが残る作品です。それまで築いてきた自分というものが一気に崩れていくような、そういう印象を抱きます。その転機といえるのが「婚約」なのでしょうか。これまでが否定された先に、という感じです。


「変身」
 読みやすい!と思いました。こういう感じが古典新訳文庫の魅力ですね。テンポよく読めます。引用してみますと、こんな感じに違います。
「どうしてこんなにしんどい職業、選んでしまったのか。明けても暮れても出張だ。オフィスでやる仕事より、ずっと苦労する。おまけに出張には面倒がつきものだ。列車の乗り継ぎが心配になる。飯はまずくて不規則だ。いろんな人と会うことになるが、長くつき合うこともないし、心を通わせることもない。くそっ、こんな生活うんざりだ」
光文社古典新訳文庫『変身,掟の前で 他2編 』丘沢静也訳 P33〜34

「やれやれおれはなんという辛気くさい商売を選んでしまったんだろう。年がら年じゅう、旅、旅だ。店勤めだっていろいろ面倒なことはあるのだが、外交販売につきまとう苦労はまた格別なのだ。そのうえ、旅の苦労というやつがあって、そればかりはどうにもならない。列車連絡の心配、不規則でお粗末な食事。それに、人づきあいだってそうだ。ひとつのつきあいが長つづきしたためしなしで、本当に親しくなるようなことなんかぜったいにありはしない。なんといういまいましいことだ」
新潮文庫『変身』高橋義孝訳 P6〜7

 ある日突然におとずれる家族の不幸、それも家族が虫になってしまうという状況ですが、これがいろいろと考えさせられる内容で何度か新潮版を読んでいます。それまでは重要でかけがいのない息子であり兄であったはずのグレゴールという人物ですが、その一変した姿にやりきれない家族、否応なしに生活を変化させざるを得ない状況。グレゴール自身は家族だと思っているけれども、それまでと変わりない気持ちを抱いているけども、家族はそうではない。かといって、ないがしろにも出来ず、という不安や嫌悪。グレゴールの気持ち、家族の気持ちなどに思い巡らせてしまう物語です。


「アカデミーで報告する」
 エムシュウィラーの本を返してしまう前に読めばよかったと思いました。これは面白いです。自由ではなくて出口、それを求めた結果。面白いです。

「掟の前で」
 4ページに満たない短い作品です。ブッツァーティの「アナゴールの城壁」を思い出しますが、かなり違います。行列をなすアナゴールの城壁、誰も来ないけども入れない「掟の前」。長年のその掟の前で過ごし、とうとう知ったこと、うーむ、いろいろその最後と掟の門、門番などについて考えてしまいます。

 カフカの「変身」以外は読んでませんでした(反省)。意味を自分でつけるような、印象的な世界が広がる作品だなあって思いました。「掟の前で」は短いからこそ気になるのでしょうね。
posted by kmy at 19:08| Comment(4) | TrackBack(0) | ドイツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
kmyさん、こんばんわ

カフカの「変身」ずいぶん前に読みましたが、読んだ時は衝撃的でした。そしてなんともやるせない気分を味わったものです。

訳文の対比、確かに新訳のほうが読みやすいけど、個人的には高橋訳のほうがムードがあるように思います。でも新訳も読んでみたいです。

kmyさんのカテゴリー、ドイツが1点とは意外でした。でもこれから増えるんでしょうね。楽しみです。
Posted by ぴぐもん at 2008年01月25日 22:30
ぴぐもんさん♪
丘沢氏の訳はかなり現代的な言葉を取り入れているなあと思いました。
「変身」は突然の状況、変わる家族、変われないグレゴールとの関係で、いろいろな意味を汲み取れ面白いです。

ドイツの本はアクセル・ハッケばかりが好きでした。これからもう少し他に目を向けようと思っています。とりあえず図書館で眺めてきます。
Posted by kmy at 2008年01月26日 17:42
私も高橋訳を読みました。
古典新訳文庫はどれもすっきりして読みやすいですよね。私も新訳、読んでみたいです。

ドイツ文学が少ないのは、最近のドイツ文学があまり日本で紹介されていないせいもあるのではないでしょうか。
というわけで私もドイツの作品って意外とあんまり読んでいません。

ただ、国籍に捉われてもあまり意味がないかも知れませんね。クオリティの高いものなら国がどこでも歓迎です。
中南米にも凄い作家が何人もいるし、最近私はナイジェリアの作家エイモス・チュツオーラに凝っています。
Posted by piaa at 2008年02月01日 00:39
piaaさん
古典新訳文庫のドイツ篇は目新しいものが少なく感じます。読みたいと思うようなラインナップではないような……。
ただ、ドイツ語という言葉は調べれば分かる部分もあり、ドイツ語の作品を読みたいという気持ちはあるのです。
中南米やアフリカはほとんど未知の世界です。
piaaさんのブログを眺めつつ、読もうと思っているものがいくつかあります。
まずは「ストーカー」を、と思いつつ。
Posted by kmy at 2008年02月01日 14:10
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