2005年10月04日

「撮る」

 先日故障したビデオカメラ、5年保証がついていたので無料で直りました。日曜日にお祭りがあり、子どもの踊りを撮らなくてはと思っていたので、よかった、とは思います。もともと機械と相性が悪いので極力使用したくないのだけど、仕方ないのです。そういう時代なのです(撮ったのをそれほど熱心に見ることはないのにね)かわいい子どもの姿を残しておけるというのは悪いことではありませんよね。ただ、ビデオを撮るのが苦手なのです。苦手以上のものがあるから触りたくないのかもしれない。

 ビデオを撮るというのはやっぱり「ビデオ越し」に目標を見る必要がある、ということです。映像が映る液晶画面を見ながら撮るのです。そうなると、目の前で様々に動く「本物」を見るのではなく、画面にどのようにして収まっているかを確認することが必要になるのです。これが苦手。せっかく目の前で見れるものをビデオを撮らなくてはいけないばっかりに、肝心の自分の子が真ん中に写っているか、距離はどうか、そんなことを気にしていなくてはいけないのがとっても苦痛。子どもの踊りを見る、というよりも機械の世話をしているような気がしてしまいます。(そういえばアクセル・ハッケもパソコンに関して同じような感情を抱いていました。(『冷蔵庫との対話』アクセル・ハッケ著 諏訪功訳 三修社「機械の小さな群れ」)その上、機械には嫌われているので驚くほど調子が悪くなることがしばしば。
 同じものでもカメラの画面越しに見ると驚くほど小さくぼやけてしまって、せっかく間近で見れる機会が台無しになってしまう気がしてしまうのです。何度でも後で見れるかもしれないけど、それはやっぱり記憶され再生された映像であってそれ自身ではないこと、だとすると、わたし自身は結局「本物」を一度も見ていないということになるような気がしてしてならないの。

 今回、撮ろうと思ったらまた調子が悪くなりました。もともと故障の原因が接触不良だったようですが、わたしが触ると接触不良になるようで……一時的に撮れなくなり、また戻りました。どうにかその場は撮れましたが、次回が不安です。
 それもこれも、わたしがビデオカメラに抱いている漠然とした嫌悪感が機械に伝わるからかもしれません。機械も愛情が必要なのかも。
 

オンライン書店ビーケーワン:冷蔵庫との対話

『冷蔵庫との対話』アクセル・ハッケ著 
愛読してます。
posted by kmy at 17:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まあ、ビデオが直ったことは喜ばしい・・・。
わたしも最近は「撮る」ことよりも「網膜に焼き付ける」ことにしています。
木を見て森を見ず、じゃないけれど、ファインダーばかり覗いていると全体もわからないし、貴重な一瞬を生で見られないし。
それよりも同じ時間同じ場所で同じ体験をしていることのほうが重要かな、と思うようになりました。
今日ご紹介の本は、気になるけどいつもそのままにしている本です(笑)。
本にも「出会う時」や「読む時」があるように思います。
Posted by ヤヤー at 2005年10月04日 22:42
ヤヤーさんの写真を今見てきたところです。写真もビデオも恐ろしいわたしです。カメラももっぱら「写るんです」愛用。これだとあまりとがめられないし、逆に壊れない気が・・・壊れるまで使うことないからですけど。
「本にも『出会う時』がある、というのは同感です。気になるけど読めない、読まない本ってありますし、今だから読んで面白いんだろうな、と思う本というもの、このごろ感じます。今読んでみようと思った本が読み時の本ですよね。ずっと好きでいるかは別として、今の自分を反映している本がある、と感じます。
コメントありがとうございました。
Posted by kmy at 2005年10月05日 09:45
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