2007年12月20日

『趣味の問題』

 白地にすっきりしたフォークとナイフのイラスト、完結なタイトルに惹かれて手に取りました。

 大学中退後、職を転々とし外国をめぐってみたりなど、あくせく会社勤めをするのが嫌いなニコラ。ギャルソンとして働いていたレストランで、世界的な大富豪フレデリック・ドゥラモンと出会う。フレデリックは背格好、年齢の似たニコラを、自分の<試食係>として雇いたいというのだ。魚とチーズが苦手なフレデリックは、自分の味覚とまったく同じになるように(何が食べられないかだけではなく、どんなものをフレデリックが美味しいと感じるかというところまで)、かなりきわどい手法で訓練までさせて自分の嗜好をニコラに覚えさせようとする。その試みは徐々に成功しニコラもその仕事に喜びを見出すようになっていくのだが、<試食>の範囲は食事だけに留まらず、映画・本を選ぶところか、相手の女性を選ぶという範囲にまでエスカレートしていく。
415208314X趣味の問題 (ハヤカワ・ノヴェルズ)
Philippe Balland 高橋 利絵子
早川書房 2000-11

by G-Tools




 この先ネタばれ感想です。 実験的だ、と思いました。趣味嗜好が合うひとに出会いたい、と思うものではありますが、それを作り上げようというフレデリック、受け入れるニコラ。別個の人間として「共通点」があるのではなく、自分のコピーのような存在に仕立て、それが徐々に自己となっていくニコラですが、面白いのはどちらが主でどちらが従とも言い切れない関係になっていくところです。もともと、フレデリックのほうが「主」であり、さまざまな要求を突きつけてはニコラを試していきますが、ニコラの<試食>なしには生きるのが難しくなってくる。ニコラの意見が自分の意見になり、フレデリックの満足がニコラの満足になるという奇妙な関係に陥っていきます。

 最初のニコラはドゥラモン社の特別な「社員」になりたいと願っい、<試食係>を恥じていましたが、徐々に、<試食係>という存在こそが自身であるという意識へと変わっていきます。フレデリックの元妻イザベルとのエピソードで、この奇妙な関係が断ち切られ、ニコラは自己を意識するのではないかと思ったのですが、物語はすでに修復不可能な域に来ていました。

 富豪のフレデリックからの給料はかなりの額だったようですが、この給料の使い道はまったくなかったと感じます。同じ家に住み、同じものを食べ、同じ「感覚」を得られるように映画、本を選ぶ生活。自己のための時間はありません。「自分の楽しみ」を見出してはいけない生活、それに慣れていくこと、そして慣れきってしまうこと、それを見て安心を得ること。自分と同じ価値観を持つ他人を作り出す、この危険な行為は自身の決定をお互いに持ち得ない二人が出来上がりました。自分が自分であること、何を面白いと思い何を美味しいと思うか、そういうことを改めて意識させられます。
 富豪で何一つ不自由のないフレデリックは自己を拡大していった結果、他人であるニコラが自己の一部になり、その存在を無視できないほどの位置を占めるようになり、自由気ままに、それでも何か他とはちがう「特別」を求めたニコラはフレデリックの感覚を身につけた他人が身についた自分になるという皮肉な結果が面白い小説でした。
 あとがきに「一種のラブ・ストーリー」とあるのもなるほど、です。突き詰めていくと自己愛が他人に投影されることにより、複雑な形になっていく感じ、でしょうか。


posted by kmy at 19:54| Comment(0) | TrackBack(0) | イタリア&フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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