2005年09月14日

サンドウィッチ? サンドイッチ?

 『ダンス・ダンス・ダンス』を読んでいると本物のホースラデュッシュ・マスタードを使った「サンドイッチ」が食べたくなってくるのですが、ちょっとだけどうでもよい気になること。「サンドイッチ」なんですよね、『ダンス・ダンス・ダンス』の「僕」が作ったり話したりいるのは。それがどうした、といわれそうですが、乏しい読書歴のわたしが気になるのはこのサンド「イッチ」の文字。それまで「僕」はサンド「ウィッチ」を食べていたような気がするんだけど。うーん、検索してもなかなかそれらしいサイトに当たらない〜。
 『風の歌を聴け』(1979年)、『羊をめぐる冒険』(1982年)を読んだとき、「僕」は確かに「サンドウィッチ」と言っていたのです。数年後という設定の『ダンス・ダンス・ダンス』(1988年)の「僕」は「サンドイッチ」と言っている。「イッチ」と「ウィッチ」の表記の不一致なのがなぜだか気になる……意図的なのかも、などと勝手に想像してしまいます。確かに三部作と呼ばれる作品に続くストーリーではありますが、発表されるまでの6年の間に表記を意図的に変更したのでしょうか? こういう文字の表記に関してはこだわりがありそうな気がします。覚えている限り、自分で持っている本、読んだ限りというきわめて限定的で独断的な視点で見てみると、『蛍・納屋を焼く・その他短編』の「納屋を焼く」(あとがきによると1982年作)は「サンドウィッチ」(新潮文庫 P60)『カンガルー日和』(1983年)の「彼女の町と彼女のめん羊(めんは糸偏の面)」(講談社文庫 P56)では「サンドウィッチ」『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(1985年、新潮文庫上 P80)でも「サンドウィッチ」なのです。村上さんはきっと「サンドウィッチ」という表記のほうが好きなのかなと思っているのですが、『ダンス・ダンス・ダンス』は「サンドイッチ」。この本だけ?と思っていたところ、『TVピープル』(1990年、文藝春秋 P26)の「TVピープル」は「サンドイッチ」に変わっている! このあたりで表記が変わったのかも? などと想像しつつ、未読の本も多いので不十分な考えです。ファンのみなさまお許しください。
 それにしても、サンドイッチの王道はスモークサーモンのような気がしてきました。ベーグルにはさむもの、と固定観念をもっていましたが、「本物のホースラディッシュ・マスタード」が何かわかったら作ってみようと誓う、今日この頃でした。

参考になる個人的な覚書サイト:
村上春樹.com
はてなダイアリー―村上春樹とは
posted by kmy at 19:34| Comment(4) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
へえー。サンドウィッチがサンドイッチに移行。私、気づいていませんでしたが、何故なのでしょう?

日本語での一般的な表記は「サンドイッチ」ですよね?それを「ウィッチ」としたのは作者のこだわりのような気がしますが、それを変えた意図が気になりますね。

Posted by ビアンカ at 2005年09月14日 20:56
ビアンカさん、コメントありがとうございます。
確かに、作者のこだわりがあって「サンドウィッチ」なのかな、と思っていたら、「サンドイッチ」表記のものもあって、気になったのです。
今朝読んだ古い短編は「イッチ」だったのでうーん、ますます謎、というかそれほどこだわっていなかったのか、それとも意図的に変えているのかわかりません。でも、こういうことを考えているのは結構楽しい時間です。
Posted by kmy at 2005年09月15日 09:23
村上さんはアメリカ生活の長い英語が堪能な方ですから、ちゃんと表記したかったのでしょう。
Sandwichですから。
Posted by まいまい at 2009年05月24日 07:58
まいまいさん
初期の作品やエッセイは英語表記を忠実にカナで置き換え、という感じがしますが、時代が変わるにつれて、一般的になった言葉はそちらを使用するようになったのでしょうね。
コメントありがとうございました。
Posted by kmy at 2009年05月24日 12:37
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。