2007年10月08日

『待っていたのは』

 ブッツアーティの短編集。絶版につき買えるような値段ではでないな〜と思っていたのですが、図書館のイタリア文芸の棚に並んでいました。本はこちらを見ていたような、本と「目が合った」ような感じで気がつきました。内容は期待通り、淡々と語られる文章で不安感の増す話が多いです。
4309201881待っていたのは 短編集
Dino Buzzati 脇 功
河出書房新社 1992-06

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 実際の目に見える風景では特別変わったことはなくても、漠然と広がっていく心の中に生じる不安をうまく描いていて、そこに共感するというか、その不安感を共有することである種の安堵感を感じるというか。「そういう気持ちになること、あるよね」という気分にもなります。

「忘れられた女の子」では旅行に出た女性が確か女の子を叔母の元に預けたはずだけど、どうしても思い出せないという不安を描く作品です。出かけた後に漠然と鍵をかけたか、火の始末を忘れてしまったかも……というような不安に駆られることがよくあります。それを突き詰めていった形の不安、自分の子どものことを忘れて出てきてしまったかも、という小説。これはかなり怖いです。

作品リスト&一言感想メモ
「夕闇の迫るころ」
「忘れられた女の子」
「夜の苦悩」
「鼠」
「バリヴェルナ壮の崩壊」
実際にこういう場面が起こったら、それを自分の中で消化し切れなくてずっとしこりのようなものが残るだろうな、と思う。
「世界の終わり」
「戦さの歌」
「アナゴールの城壁」
壁の向こうには本当に素晴らしいものがあるのだろうか。
「人間の偉大さ」
「待っていたのは」
どうしてか、少しずつ悪いほうに、悪いほうにと向かっていく。何か抗えない力のようなものを感じる。
「水素爆弾」
自分だけという恐怖。自分ではなかったという安堵。
「時を止めた機械」
場面がくっきり浮かぶような感じ。ラストの描写は焼きつくように印象的。
「友だち」
「クリスマスの物語」
「冒涜」
この作品はほっとさせるのでは、と思わせておいて……というのがブッツァーティなのだろうと思う。生きていくということについてときどき考えさせられる。

 翻訳者脇氏はあとがきで「彼はつねに現実の背後に、もうひとつ別の世界を感じ取る」(P213)と書いていますが、確かにその通りだと思います。他の人から見れば当たり前のように見える世界も、その背後に潜む心と呼応したかのように、現実も異なっていくように思えてきます。「本当のこと」というのはどこにあるのだろう?と思わせる物語、文章の運びに惹きつけられます。




posted by kmy at 20:49| Comment(4) | TrackBack(0) | イタリア&フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この本、市立図書館を検索してみたらありました!
さっそく予約を入れました。

怖いんだけれど、人間ってそういうものを見ないではいられないというか、大丈夫だと確信したいがために見てしまうというか…。
でもkmyさんの紹介文を見るに、胃の腑が少しずつ沈んで行きそうですね。

でも、どうにも惹かれてしまいます。
いまここに自分が存在していても別の人生があったのではないかと想像(それは必ずいまよりもよい)することは誰にでも憶えのあることなのでしょうが、実際にそういう世界を描いているようだとなると、読まずにはいられません(笑)。
Posted by ヤヤー at 2007年10月12日 21:32
ヤヤーさん
人間の心理から生まれる怖さというのを描いている作家だと思いました。
実際の体験としては淡々としたものが多いのですが、ふと気がつくとなかなか消え去らない不安の中で人間は生きているんだなと思うのです。
楽しいことを求めるために生きているのではなく、ただ、ひたすら生きていくことに向かっているように感じられます。
気に入ると、同じ作家を続けて読み漁ってしまいます。
Posted by kmy at 2007年10月13日 10:25
実はこの本、もう十年以上前に購入して読んでいました。ちょうどラテンアメリカ文学のマジックリアリズムに痺れていた時期で、タイトルに惹かれて買ったのはいいけれど、思っていた感じと違って、あまり面白いと思いませんでした。
全部読んだかどうか、二話か三話読んで放りだしてしまった気がします。
今回、kmyさんの“どうしても読みたくなる、その気にさせる”文章のおかげで、再び手に取ってみました。
以前読んだのは、どうやら「忘れられた女の子」と「待っていたのは」だけだったようです。
最初に読んだ時には、あまり感じなかった恐怖がじわじわ背筋を這い上がってくる気がしました。
特に印象深かったのは「水素爆弾」で、この人は闇を描くのがうまいな、と思いました。
また「待っていたのは」では、最初は些細な違和感や閉鎖性が、あるきっかけで激しい憎悪を呼び、取り返しのつかない事態になってしまう感じが怖かったです。読みながら主人公のアンナの「どうして?ねえ、どうして?」という声が聞こえてくるようでした。
「七人の死者」も読んでみたい、と思いました。
特に「七階」という作品には興味があります。

kmyさんのおかげで、得がたい作品を取り落とさずに済みました。
早まって、古本屋に出さなくて良かった。
しかし、この本、もう絶版なんですか。
たった、十年やそこらで、悲しいことです・・・。
Posted by Helenaヘレナ at 2007年10月30日 09:04
ヘレナさん
素敵な本をお持ちでうらやましいです。
古本屋さんも損をしましたね(笑)
今出ている本をタイミングよく読めれば問題ないのでしょうが、「読み時」がずれてしまうと、なかなか出会えなかったり、絶版だったり……。
このあたりの折り合いは難しいですね。

人間の心に潜む不安、そこから生じる終わりのない恐怖心がじわじわと迫ってくるような、この作者の小説は好きになりました。「鼠」も「バリヴェルナ壮の崩壊」もこの現実を確かめたい、本当のところはどうなのか知りたいしとは思うものの、それを決定してしまったら何とか均衡を保っていたものが切れてしまうかもしれない、という宙ぶらりんの恐怖を感じます。
「七階」は特に印象に残る作品ですね。結末がわかっていても読みたくなります。

ラテンアメリカのものはまったく未知の世界です。いずれ、と思いつつ、手が出ない〜。
Posted by kmy at 2007年10月30日 14:57
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