2007年07月06日

『バースデイ・ストーリーズ』

4120033414バースデイ・ストーリーズ
レイモンド・カーヴァー
中央公論新社 2002-12-07

by G-Tools


 村上さんの短編が入っているので読んでみた。正直なところ、ここに収められている短編を書いた作家の作品を読んだのはこれがはじめてです。誕生日から連想される楽しさや明るさというものはほとんどなく、だから印象に残るのかな。ありきたりのケーキとお祝いとは違う誕生日の物語。

 ダニエル・ライオンズの「バースデイ・ケーキ」が一番気に入りました。毎週馴染みのベーカリーでケーキを取り置きしておいてもらっている老女のルチアを待っていたのは、娘の誕生日のためにケーキを買えなかった洗濯女のマリアだった。マリアはルチアのケーキを譲ってほしいというのだ。お店のロレンツォもルチアに頼むのだが、頑として譲らない。会話の途中でマリアの子どもに壊された菜園のことなどが浮かぶ。単なる意地悪とか、恨みとかというのとは少し違うもの。ルチアの心の浮かぶ記憶や想いがずしんときます。
 だとしても、苦しみに耐えるというのがどんなことだか、彼らにはわかるのだろうか? いや、わかるわけがないんだ。
(P84)

 ケーキを譲ってやれば、子どもは笑顔で誕生日を迎え、母親もほっと安心してその日をすごすかもしれない。そんな話にならなくてよかったと思うのは何故なんだろう? 苦しいこと、辛いことに耐えること、そういうことが浮かぶからかもしれない。ただ単にその場しのぎの「よかった」ということはきっとすぐに忘れ去られてしまう。何年もたてばケーキを譲ってもらったことなんて記憶にのこらない。でも、ケーキがなかった誕生日は一生忘れない、と思う。

 最後に収録された村上春樹の「バースデイ・ガール」の解説にひっかかった。
 あなたは二十歳の誕生日に自分が何をしていたか覚えていますか?
(P212)

 何をしていたのか、誰か祝ってくれたのか、それともアルバイト? ケーキがあったのかなかったのか……思い出そうとしても、もうだいぶ前のことになり、そうだったかもしれない程度のあいまいな記憶しかありません。ハッピイ・バースデイというのはある種ごく普通の、いつもと同じ日が送れているということの確認のための日なのかもしれない。誕生日だから、と言っていつもと違う何かを演出しようとしてもたぶん、それが「当たり前の」誕生日の形になるように思う。誰にも祝ってもらえない誕生日、忘れられた自分だけの特別な日のことはたぶんずっと忘れない。そんな誕生日が今までに一度だけあったから。


posted by kmy at 16:48| Comment(5) | TrackBack(0) | 村上春樹 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あぁこれも「そのうち読む本」リストにタイトルが挙がってる本です。「そのうち」「いつか」「たぶん」・・・。
表紙が素敵ですよね。

不思議なもので、イヤなこと、悪いことって記憶に残ってるものですね。
誰からも忘れられた誕生日ほど寂しいものはないのかも知れません。
さて二十歳の誕生日ですか。
まだ学生だったので、たぶん友人たちにお祝いしてもらったんだろうなと思います。いったい何をしていたんだか(笑)。

結婚してからは、家族に何も言われなくてもどうってことなくなりました。なにしろお祭り直前なので、優雅にケーキすら食べてる暇がないのです。
その代わりではありませんが、毎年実家の母が電話をくれるのです。これだけで充分。
なーんて思えるようになったのも最近ですが(;^_^A

kmyさんの忘れられた一日は、どんなふうだったのでしょう。
どなたかの不幸と重なったわけじゃ、ありませんよね。
Posted by ヤヤー at 2007年07月07日 23:21
ヤヤーさん
村上さんの読んでない短編が入っていたので、と思って読み始めたら、思いのほか誕生日ということについて考えてしまいました。
誕生日がうれしかったのはいつまでだろう?と思います。慣れなのか、年をとることが上昇ではないことを感じるからなのか……。
忘れられたというのは、特別なことが何もなくて、「おめでとう」という言葉を聞かなかったというだけなんです。いやなことがあったのではなく、ただ単に何もなかったという日でした。翌日に「昨日誕生日だったでしょ」と言ってもらった覚えもあるんですが、その日に「おめでとう」の一言というのは当たり前のようで大事だと思っています。
お母様のひとこと、やっぱりうれしいものだと思います。
Posted by kmy at 2007年07月08日 13:20
一年前の誕生日に、この本のことをブログに書きました。
「バースディ・ケーキ」も良かったですが、
私が一番印象に残っているのは「ムーア人」
です。

一年前の誕生日、私は誰にも言ってもらえなかった言葉を自分で自分に言いました。
「Happy Birth Day to Me!」
誕生日の味が甘いだけではないことに気づくのも、大人になった醍醐味かもしれませんね。
年を経る毎に、ますます複雑な味わいになります。
自分はともかく、子供にはそんな寂しい誕生日を味わわせないようにしたいと思います。
Posted by Helenaヘレナ at 2007年07月09日 17:38
「雨降り木曜日」でこの本を知り、早速購入しました。
実は、もうすぐ誕生日を迎える娘に と思ったのですが、これは わたしが持っておきたい本だったので、わたしにプレゼントすることにしました。(産んだ日 記念日です)
内容も 少々経験を積んだ大人こそ楽しめるような気がしたからです。
まだ 全部は読んでいませんが、初っぱなの「ムーア人」からして ムードのあるお話で、心に残るものでした。
自分の誕生日を、こういう本を読んで しっとりと過ごすのもいいかなと思えるような 装丁もお洒落な 持っていてうれしくなる本だと思いました。
さすが村上さんの選んだお話、そして「バースデイガール」も もどかしさが妙に心に残ります。

Posted by noel at 2007年07月09日 23:54
ヘレナさん
改めてヘレナさんの記事、読み返してみました。
(読む機会をはずしてしまって、今頃になっていました)
装丁が本当に素敵で、これはハードカバーのほうがいいですよね。チョコレートケーキのようで。少々苦味がある大人のケーキ、というイメージです。
ある程度大人になると、また一年が過ぎという確認の日のような意味合いが強くなってくると思います。そのときに起こることは楽しいことばかりではなく、でも心に残る一こまというのでしょうか。
「ムーア人」の晩年の再会には何かほっと残るようなものを感じました。月日が経ってからの思いがけない出会い。ヘレナさんが書かれているように苦みとは違う印象でした。熟したまろやかさ?なのかしら。

noelさん
大人になったので読めた、という印象がありました。読んでいるときに記憶や出来事、物語の風景などが混ざっていくような、そういう感じを抱きました。
村上さんの翻訳ものはあまり読んだことがないのですが、カーヴァーはまた読みたいと思いました。「風呂」は心にちくっと残るような、落ち着かない感じが気になる小説でした。
産んだ記念日というのもいいかもしれませんね。装丁が贈り物の小箱のようにも見えてきます。開いて感じるもの、なんだかいいなあ。
Posted by kmy at 2007年07月10日 13:21
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。