2007年04月18日

『恐怖の兜』

4047915238恐怖の兜 (新・世界の神話)
Victor Pelevin 中村 唯史
角川書店 2006-12

by G-Tools



 面白い! でも、よくわからない――というのも本音。ヴィクトル・ペレーヴィンがチャット形式で書いた小説です。

 ある日、目覚めていると古代ギリシャ風のキトンをまとい、どうしてここにいるのかはまったくわからないという状況の男女。あるものはベットとパソコン。このパソコン上でアリアドネが立てたスレッド(スレッドには糸の意味がある)としてチャットが進行するという物語。自分たちについて語ろうとすると検閲が入るのか「XXX」という伏字になってしまう。どうやらミノタウロス(別名アスタリスク)の迷宮にいるらしい。ここから抜け出す方法はあるのか? ミノタウロスとは? 英雄テセウスは現れるのか?というのがあらすじになるかと思います。が、最後まで読んでみて、あーなるほど、そういうことだったのね、とは思わない。で、どういうことかというとを結構自分なりに勝手に考えてみる、そういう小説です。
 断片的に興味を引く話題がいろいろあります。「恐怖の兜」とは、ある種の永久機関となってるという話や「カブトラー(ヴァーチャルヘルメットをかぶることで、完全に人工的な次元にいる人)」の話がミノタウロスとつながってきますが、じゃあ、自分たちはどこにいるのか?
モンストアラダムス
(略)ただ単に見えるというだけでなく、実際に存在させるのだ。アステリスクがヴァーチャル・ヘルメットをかぶって迷宮を目にすると、私たちはこの迷宮の内部に存在するようになる。そして彼は私たちを操作するのだ。

ナッツ・クラッカー

つまり私たちが皆、ミノタウルスの頭の中にいると言うんですか?

モンストラダムス

私たちは彼が見ている空間の中にいる、そう言ったほうが良いかもしれない。

(P121)

 たぶん、たぶんですよ、物語の人物が存在しているということはどういうことなのかについて考えていることと似ているのではないかと思うのですが、うーん、見ている彼=ミノタウルスについて、ラストとつながるような気がします。ところどころ、立ち止まってはいろいろ考えてますが、すっきり理解できてはいません。

→ネタばれ(?)的感想のようなメモ
 ラストで「ミノタウルス」が存在しますが、その存在とは一体どういうことなのか? 確かに画面上には存在します。見ている人にとってミノタウロスは存在していますが、スレッドのメンバーの部分で構成されていて、そのスレッド住人のいる空間では轟音、熱として感知されますが……このミノタウルスというのは何かといえばよくわからない。でも、これは存在しているのか?といえるとは思う。その見えている部分とスレッド住人の個々のいる場所との関係として捉えたら、どうなのだろう? ちょっとうまく理解できていません。冒頭のボルヘスの引用も関連があるような気がしているのですが……。
←ここまで! 反転すると見えます。

 読み終わってからも、あちこちめくっては考えたくなる本です。チャットという空間のような空間でないような「場」を舞台にしているというのが面白いです。話している人たちは同じような部屋にいるけれども、場所としては全然近くないのかもしれないし、そのチャットの場に文字を打つときだけその人物の存在が認められるけれども、この迷宮から出るということはどういう意味になるのか……頭の中であれこれ思い悩むのが面白いのかもしれない。ボルヘス、サルトルも機会があれば読みたい、とも思いました。
この記事へのコメント
これは挫折しましたよ。
面白さがわからなかった・・・。

というか、じっくり考えながら読めればよかったのでしょうが、
先を急ぎたいわたしには向かない本でした(笑)。
でもこの装幀この手法。
わたし好みではあるのだけれど。
Posted by ヤヤー at 2007年04月18日 21:34
ヤヤーさん
この本は断片的に面白いところ、考えるところがあって、読み終わってからも考えています。
タルコフスキイ、サルトル、ボルヘス……こういうものについての知識があって読めばもっと面白いのかもしれないのですけど、まだまだなので、ときどき読み返せば、あ、これは!と思うものがありそうです。
迷宮というのが本そのもので、そこに描かれる人物たちの存在はチャットによってのみ成立しているので、迷宮を脱した後は存在はどうなる?のかな〜とだらだら考えています。
よくわからないなりにペレーヴィンは読みたくなる箇所があります。

Posted by kmy at 2007年04月19日 14:29
今日図書館行こう!これおもしろそう!

kmyさんが書いてみえるとおり 「あー これ知ってたら もっとこの本面白くなるだろうな・・」と思うこと よくわかります。外国文学は詩や戯曲の引用を登場人物に言わせることも多々ありますよね キーツやシェイクスピア その他もろもろ。
もっと読まなきゃ。古典を、と思うのですが 「カラマーゾフの兄弟」のジュニア版で挫折しているわたしに 道のりは永い・・・。
Posted by めぐりん at 2007年04月21日 11:13
めぐりんさん
ちょこっとしたWindowsPCのネタとか、そういうのは笑えます。そう、そうだった!って。
アマゾンの金額あわせで買ってしまったのですが、結末がむむっ?という感じです。
タルコフスキイとか、ボルヘスとか、少し勉強になりました。
「カラマーゾフ」は今年読むつもりではいます。光文社の古典文庫が揃ったら買おうかと計画中ですが。
もっと古典、よくわかります〜。今年はロシアと勝手に決めることにしました。ペレーヴィンの新刊がでているので気になるのですが、理解できるかどうかも心配(汗)
Posted by kmy at 2007年04月22日 16:34
こんにちは!
タルコフスキーの日記にコメントいただいたあと遊びにきて、あ、ロシアの小説ってこのことかも!と思っていたらやはり。

なんだか神秘的でとてもひかれます。
ミノタウルスって、私のなかでは私自身のこども時代が霞んだ迷宮にいるみたいな妄想を浮かべてくれる、要因の一つなのです。

これ、読んでみますね。
教えてくださってありがとう。
Posted by クロエ at 2007年05月22日 02:13
クロエさん
形式が変わっているのと、中身も「物語」的というより思索的?な感じの本です。
ペレーヴィンの小説は幻想と現実が入り混じったところで考えてみるとこうかも?という奇妙な感覚になるものです。その境目でふらふら、というような気持ちになります。
タルコフスキーの映画は、機会があれば観たいと思っています。
ロシアという国のものがとても気にかかるこのごろなのです。

Posted by kmy at 2007年05月22日 09:23
随分前の日記へのコメントでごめんなさい。

やっとやっと、この本を入手しました。
まだ読んでいないのだけれど。
うれしくなったのでご報告です。

それから、
今年もよろしくおねがいします☆
Posted by クロエ at 2008年01月28日 00:55
クロエさん♪
コメントありがとうございます。光栄です!
ここで紹介した本を気に留めてくださってうれしく思います。
ペレーヴィンの新作(と言ってもかなりたってしまった)をまだ読んでいないのを思い出しました。

こちらこそよろしくお願いします。
「アマヤドリ」の写真はいつも素敵でこっそり拝見しています。
どこか別の国のようなモノクロの写真は、それ一枚で物語のようです。
Posted by kmy at 2008年01月28日 14:54
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