2005年05月23日

『丘の上の小さな家』(安房直子作)

4035409405まよいこんだ異界の話 (安房直子コレクション)
安房 直子
偕成社 2004-03

by G-Tools


 安房直子さんの作品は不思議な世界がでてきます。いわゆる魔法が使えるある種の構築された別世界ではなく、日常のすきまからすとんと落ちていくような、気がつく人だけに見える世界というか、そんな「異界」を描いています。幻想世界、空想世界ということばではなく、「異界」がぴったりくる、そういう世界なのです。その異界は現実とどこかで繋がっています。異界には抗いがたいような魅力を持ち、異界へ冒険に出るのではなく、異界に引き込まれていくのです。決して特別な人間ではなく、むしろ自分にも通じるようなごく普通の人が主人公。着いた場所はそこは甘い夢の世界ではなく――。
 『丘の上の小さな家』は『安房直子コレクション 4』に収録されている作品です。主人公かなちゃんはお母さんと丘の上の小さな家に住んでいます。かなちゃんはレース編みが趣味で、いつか花嫁になる日のための素敵なレースのことを考えながら、レール編みに励んでいますが、クモの誘いに惹きつけられ黒い森のレース学院へレース編みを習いに行くのです。ほんのちょっと行って来たらすぐ戻ろう、そう、そのはずだったのに。誰にも真似できないすばらしいレース編みをレース学院で学んでいる間に起こる変化。――物語には不気味な雰囲気が漂っています。黒い森という場所。クモの誘惑。帰ったほうがよいという助言。そして、結末。
 日常のすぐそばの魅惑的な異界。そこで得られる特別なもの。その価値。そのことがいつまでもいつまでも心に残ります。
 安房直子さんの作品を読むとこの物語の意味や含みは?と考えるよりも、何かを感じるような、そういう気がします。ハッピーエンドを迎えて、最後に「○○という結果になりました、よかった」、という読後感はありません。「○○という結果になりました」というだけです。それがよかったとは言えないのですけども、だからといって悪かったとい言い切ることはできません。行かなければよかったのでしょうか。そうだとは言えないように感じるのです。そして――

これよりネタばれがあります。続きを読む場合は枠の中に触れてみてください。

 かなちゃんはレース編みの代償に若い貴重な多くの時間を払わなくてはいけませんでした。戻ってきたときに、少女のかなちゃんはもはや少女どころかおばあさんの一歩手前。そしてお母さんも既に亡くなっているとのことを猫から聞かされます。しかしその後がちゃんと語られます。レース編みは高く評価され、猫の手伝いもあって、なんとか生活をしていけるようになります。
 妖しい世界へ行って帰ってきたことのインパクトが非常に強いのですが、浦島太郎とは違う、そう感じるのがこの丘の家に帰ってきてからのことなのです。かなちゃんはまだこれから物語(いわば自分の人生)がはじまるんだ、と感じます。この物語の終わりはある意味始まりなんだと思うのです。だから、この物語は『黒い森のレース学院』ではなく、『丘の上の小さな家』というタイトルなのかもしれない、そんな気がしました。

posted by kmy at 19:36| Comment(4) | TrackBack(1) | 安房直子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
初めまして、こんにちは!
安房直子さんの記事を書きましたので、TBさせて頂きました。よろしくお願いします。
Posted by cottontail at 2005年06月13日 13:46
cottontailさん、はじめまして。
安房直子さんの作品はどれもこれも、惹かれるものを感じます。不思議な世界への憧れと怖さが入り混じった面白さ、とでもいうのでしょうか。
他の作品についても感想などを書く予定でおります。
Posted by kmy at 2005年06月14日 17:07
先日、図書館に行って「安房直子コレクション」を借りて「丘の上の小さな家」を読みました。kmyさんのおかげで読むことが出来て良かったです。

ホントだ・・・。主人公のかなちゃんは、好きなことが出来た代わりに、失うものも大きかったですね。好きなことが出来たのだから、それだけで幸せな人生だったと思うか、後悔して過ごすか・・・。このお話しは、途中なんとなく悲しいんだけど、これからに向かって行く明るい未来も見えてきました。

レース学院から戻ってきたかなちゃんを待っていたのは・・・安房さんの世界には欠かせない、不思議な猫。そう、この物語では猫の助けがあったんですね〜。なんだかんだあったけど、ホッとする結果になったのはこの猫のお陰ですよね〜。安房作品のものいう動物達・・・素敵な不思議な世界です。
Posted by みるりん at 2005年08月19日 23:17
みるりんさん、コメントありがとうございます。
安房さんの本、わたしもコレクションを借りてきてはまだ読んだことのない話を楽しんでいます。
このお話は、本当に安房さんならでは、と思ってしまいます。単に「よかった」ということで終わらない示唆的な、含みのある物語が多いように思いますし、だからこそ惹かれます。
猫の助けは重要な位置を占めているようですよね。一人で生きていくのではなく、新しい始まりに必要な存在でしたよね。
こうして考えているうちに、単行本で出ていないこのお話が読めるコレクション、ますます気になります。うーん、価格と場所をとるのが悩みです。
Posted by kmy at 2005年08月20日 10:05
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