2007年04月10日

『ペンギンの憂鬱』

4105900412ペンギンの憂鬱 (新潮クレスト・ブックス)
沼野 恭子
新潮社 2004-09-29

by G-Tools



 エサをやれなくなった動物園が欲しい人に譲るというので連れて帰ってきたペンギン、ミーシャと暮らすヴィクトルは売れない短編小説家。作品を持ち込んだ新聞社から生きている著名人の追悼記事<十字架>をあらかじめ書き溜めておく仕事を引き受けます。<十字架>に書かれた人物が死んでいくこと、いつの間にか自宅に誰かが入り込んでいること、そして自分の持っている役割の裏にいる「庇護者」とは、そしてヴィクトルの仕事の持つ意味は? 

 ヴィクトルは独身でペンギンと暮らしているという奇妙な取り合わせですが、そこに預かった4才の少女ソーニャ、友人セルゲイの姪でソーニャのベビーシッター役としてやってきたニーナが加わります。<十字架>を書いて収入を得ながら、ペンギンと3人の暮らしが日常となっては来るのですが、それがどうもしっくりこない。3人で「家族」となるのだろうかと思えば、寄り集まった状態のまま。ヴィクトル自身もこの状況を積極的に推し進めていこう、という気にはなりません。
だれにとっても、そう、自分にとっても、大事なのは生き残るということ。どんなことがあっても生きていくということだ。
(P157)

 この本文の「生き残る」はヴィクトルとミーシャにとっての共通のキーワードのような気がしています。ミーシャは動物園から見放され、ヴィクトルと暮らすようになったものの、感情を表すことはなく、淡々と生きています。ヴィクトル自身も自分の与り知らないところで<十字架>が利用され、庇護され、侵入され、それでも生きていくのだと思っています。言葉を交わしたわけではないのに、ヴィクトルにとってまず思い浮かぶのはミーシャのこと。ヴィクトルはミーシャの運命を決めなくてはと第一に思い、そして自分の運命について考える。ソーニャとニーナがいたとしても、ミーシャがいくなれば結局自分は一人になる、と。ミーシャに自分を投影していたようにも思えます。

 携わっている事全てにおいて納得の上で生きているのではないのかもしれない。結局のところは、わかるようでわからないのかもしれない。誰でも危うく脆い均衡を保って生き延びているのかもしれない。ほっとする場面がいくつかあるものの、人間は本来孤独なものなのかもしれないと感じます。誰でも完全に埋められない領域があると思っています。「どんなことがあっても生きていく」こと、ときどきそのことについて想うときがあるものです。

 ――なんだかうまく言えないなあ。染みとおるものがあります。生きていること、生きていくこと、取り巻く世界のこと、わかるようでわからないこと、そして、きっと誰もが持っている心の中の孤独な部分。


posted by kmy at 15:44| Comment(3) | TrackBack(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この本を読んだあと、リストマニアリストには「わたしもペンギンです。南極へ行ってしまいたい」とメモしてありました(笑)。
よっぽど感情移入して読んでいたと思われます。

昨日ちょうど川端裕人さんもこの本について書かれていて、「ペンギン好きには避けて通れない一冊」なんて書いてありました。
わたしはそうは思わなくて、むしろ、ちゃんとしたペンギンの生態を知っている人は腹が立って来るんじゃないかなとか、というか、ペンギンはテーマじゃないよ、何をあらわしてるのかだよ、とか、川端さんの記事を読んで思ってましたけどねえ。

わたしたちは所詮、誰かの手のひらの上で操られているだけなのかもしれないのです。
大いなる意思というものの存在は、あるんだろうなと。
でもこの本の場合は、それは神様ではないような。
Posted by ヤヤー at 2007年04月11日 21:36
う〜ん、決して読後感が清々しいとか、感動するとか、そういうのはないけれど、いつまでも心にひっかかって離れないような本なのでしょうか。
興味があります。
特に「誰でも危うく脆い均衡を保って生き延びているのかもしれない。ほっとする場面がいくつかあるものの、人間は本来孤独なものなのかもしれないと感じます。誰でも完全に埋められない領域があると思っています」という、kmyさんの文章が今の私には痛いくらいです。
いつも面白い本を紹介してくださって、読みたい、と思い近所の本屋さんに行っても、あった試しがありません。ネットで買えばいいのでしょうが、やはり書店で買いたい、という願望があります。先日東京に行った際書店に入り、あまりの品数の多さに圧倒されました。
こんな本もあったんだ!スゴイ!と感動する一方、東京と地方とのこの文化の格差は何?
と考え込んでしまいました。
その時はうれしくて、4冊買いました。
もっと買いたかったけど、お金が・・・・。
kmyさんは、どうやってこのような面白い本をみつけてこられるのですか?
Posted by Helenaヘレナ at 2007年04月12日 11:12
ヤヤーさん
ヤヤーさんのリストマニアはいつも参考にしております! ジェフリー・フォードなど、読もう読もうと思っている本もいくつもあったりして。
ペンギンは重要ですが、ペンギンを通して自分の孤独を見ているというか、それはそれで肯定してはいるのだけど、でも、という感じがありました。
手のひらで、そう思います。わかったところでどうにかなるようなことではない世の中になんとなく自分を当てはめて生きているのかも、と思うのです。
それが絶望的だとかいうのでもなく、淡々としている感じ好きです。
続編があるようですが、読みたいような、読みたくないような。あれはあれで終わってある種のユーモアを含んだ結末として想像させながら終わってもいいかも、と思えます。



ヘレナさん
読中読後にいろいろと「想う」小説でした。
人間というのは本来不完全で未完成なもの、と思うことがよくありますが、全てをわかって、全てがよくなって生きているということはないと思いますし、そういう寂しさ、孤独を少しでも感じることがあるのであれば、読むことで何か心に触れるものがある気がします。自分が小説に共感するというよりも、小説の方で共感してくれるような、そういう感覚を感じることがあります。小説のほうから自分に寄り添ってくれるような、そんな感じなのかな。

わたしも近所の本屋さんではいいなあと思う本にはあまり出会うことがありません。都会にいると大きな書店で何時間も過ごしたくなることがよくありました。本屋さんに行くために電車に乗って、という。ああいうのが本当は理想的なのですけど。
このごろは図書館で借りるか、ネットで買うかどちらかで本を手に取ることが多いです。
本に関する情報、よく検索で利用するのはアマゾンです。
ある本を表示させるとアマゾンの画面で「この商品を買った人はこんな商品も買っています」というのが出るので、そのあたりをたどっていくか、「リストマニア」で同じような読書傾向の人のものをたどったりしています。
それを繰り返していると、本を読む時間と同じくらい本探しに時間をかけてしまうこともあったりして、この時間に本を読む方がいいのではと思うこともあるんです(汗)
ついでながら、ペンギンつながり。『ペンギン印のれいぞうこ』読みました! 作者が抱いている冷蔵庫観が自分と近くて面白かったです。とても楽しい本でした。冷蔵庫というテーマも好きです。
Posted by kmy at 2007年04月12日 13:22
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。