2007年03月18日

『壁抜け男』

4152087862壁抜け男 (異色作家短篇集 17)
中村 真一郎
早川書房 2007-01

by G-Tools




 疑問を与えずに、そういうことは当たり前になった場合という設定を、パリに溶け込ませた物語。短編とはいえ、少し長めで読み応えがあります。
 表題作『壁抜け男』は文字通り壁を抜ける能力を持っている男の華麗なる転身と結末。続く『カード』は日記としての体裁をとって描かれる話なのですが、これは「小説」だから味わえる感覚なのかもしれない。無用とされる人間(老人、年金者、失業者など)は一ヶ月のうち決まった期間しか生存を許されなくなったという物語。しかもこれは政令で決まったということで、政府から自分が生存できるだけの時間カードを受け取り、その生存についてあれこれと議論があり、カードの売買がありますが、雰囲気が全然SF調ではないというのが面白い。SF仕立ての原理ではなく、古い時代のパリそのまま、時間カードがあたかも肉やパンの配給カードのように取り扱われます。相対的に生存できない時間は死んでいることになっているのですが、この時間カードを買い増せば時間が増えていくのです。その増えた時間の奇妙な歪みがまた面白い。時間が増える原理とか、非生存状態の人間がどうなっているとかはまったく語られないのにリアリティがあります。

 ほかの作品もどうしてそうなるのかという理由もも与えずに、奇妙な設定で魅了させます。『よい絵』では、その絵を眺めていると食欲を感じず、絵から栄養を与えられるという設定。『サビーヌたち』はサビーヌという女性は自分をいくつもの自分に同時存在させることができ、いたるところで増殖させていった行く末は?という物語。

 最後に収録されている『七里の靴』はしんみりする気持ちが残ります。子どもたちが学校帰りに眺める「七里の靴」は他のいわくつきの品々と一緒に古道具屋に飾られていました。子どもたちにとっての憧れの魔法の品。あの靴があればどこへでもひととび七里を歩く事ができると信じていた。冒険心でその店に近づくも、恐ろしくなって逃げ出し、溝に落ちて怪我を負います。入院先の病院で枕を並べる子どもたち。もっとも貧しくそして母子家庭であるアントワーヌの元には母親以外誰もお見舞いに来ない
(他の子どもの下にはたくさんの親戚や兄弟姉妹が来るのに、自分には親戚は一人もいない)し、母親がお菓子を持ってくるときも家の経済状態を気にしたり(他の子どもにはボンボンや絵入り新聞が頻繁に差し入れされます)と、そのときの心情を考えると締め付けられるような気持ちになります。学校では感じなかった自分の貧しさ、身寄りのなさをよりはっきり感じる場面が痛々しく響きます。グループのボスフリウーラは退院後に「七里の靴」を両親に買ってもらうという約束を取り付けますが、身寄りのないアントワーヌには当てがありません。しかし、友だちの聞き役に徹すると言う苦痛から想像の叔父を作り上げ、退院したら叔父さんが買ってくれると言ってしまうのですが――。母親の愛情と奇妙な古道具屋、そして怪しい「七里の靴」は?と最後まで目が話せない物語。

 絵画から栄養が取れる、時間カードで生存日数が決まる、壁を抜けられる。そうしたときに人間のとる行動や意識がうまく描かれています。こうした状況で人はどうなるか、どうするか、そういうことが描かれているから小説というのは面白いのですね。


posted by kmy at 14:57| Comment(2) | TrackBack(0) | イタリア&フランス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私にとっては、何だか簡単に手にとれるタイプの本じゃないかも、なんて思いつつ、
こう紹介されると気になってきたりして。シュールな作品も好きな、kmyさんが惹かれる理由が
何となく分かるような。

どのお話も読んでみないと分からない、そんな感じですね。
それにしても、「七里の靴」、ハウルの中に
出てきた「七リーグ靴」を
鮮明に思いだしました(^^ゞ

このお話の靴は、あんな楽しい物じゃないんだろうけど・・でも、少し気になってしまいました!
Posted by みずき at 2007年03月19日 13:29
みずきさん
ネタばれはなしにして本の紹介を書きました。
読んでみると、こういう状況を思いつくのが凄い!と思います。
最近、読書傾向が偏っていますが、コメントいただけて光栄です♪
この短編集の中でも最後の「七里の靴」はたぶんみずきさんにも受け入れられるお話ではないかな、と思います。(「サビーヌたち」は結構毒が強いかもしれない)これは主人公が少年で、ファンタジックな運びがいい感じなのです。
そういえば、「ハウル」では七リーグ靴が出ていたのでしたね。すっかり忘れていました。
この物語の「七里の靴」、もともとはペロー童話の「親指太郎」に出てくるもので、この古道具屋でもその親指太郎が使ったものかもしれないという子どもたちの想像が出てきます。結構有名なアイテムですよね。『影をなくした男』(シャミッソー)でも出てきます。
このお話でも子どもたちが欲しいのはやっぱり魔法の効いた靴。それが手に入ったら、どうやって手に入れるか、そしてそれは本物なのか? 
気になったらこのお話だけでもぜひ♪
Posted by kmy at 2007年03月20日 17:23
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