2007年03月07日

『午前2時に何かがくる』

2.jpg

『午前2時に何かがくる』
佐野美津男作 大古剋己絵 国土社
国土社の創作児童文学15 初版発行1974年 198p

 ユミは同じ組の山田くんに話があるといって呼ばれます。給食の後の休み時間にハト小屋の近くの砂場で“その話”を聞かされました。あるところの、警察の所長さんが工事現場で事故にあい、死んでしまった。手も足もなくなってしまって、死んでから手と足を欲しがり、ゆうれいになってでるらしい。この話を聞いた人のところに、3日後の午前2時にゆうれいがたずねてくることになっている。ゆうれいの被害にあわない方法も山田くんは話したのです。ユミは気になってこんな話を誰にすればいいのだろう?と考え、なるべくなら仲良しの友だちよりは嫌いな子に話してやろうと決めるのです。

 こんな感じで話が始まるので、てっきりゆうれいがたずねてくる話なのかと思えば、物語は全然違った方向へ向かっていくのでした。

 物語は最初ゆうれいの話から始まりますが、山田くんにとっての3日後、ユミがゆうれいの話を聞かされた翌日、山田くんが学校に来ていません。ゆうれいの話を聞かされた場所の近くにあるハト小屋のハトが何者かに殺されていました。

 その後、ユミは山田くん不在が気になって山田家に出向き、隣の家の倉持さんと同級生関さんが加わり謎を調べていくのです。そこで登場するのが空き家の白い家。庭にはローオルヒヤセルペンチィナという不気味な木が植わっていて、さらに加わった大学生マサルも含めて4人は白い家の住人について調べていきます。
 この物語中盤で登場する重要な場所は精神病院。ここに白い家に住む女の子が入院させられているらしいというので、ユミたちはさらに真相を探るべく調べを進めるのですが――。

 この物語は主人公のユミがゆうれいの話をきっかけに山田家の不在、そして白い家の秘密と好奇心から真相を探ろうとします。しかし、ユミたちに関係のある事件ではありません。ユミたちが知ったところで解決しないし、事件の当事者は関係されたくないと思っています。
 世の中には不可解な事件や出来事があります。わかったからといってどうすることもできないことがあります。しかし、そうした事実を知ること――それは好奇心かもしれませんが、知る、感じる、考えること、理不尽なことを理不尽だと感じる心、世の中の悪に対して否定する考えを抱くこと、そういうことができることというのが重要な第一歩なのかもしれない、と感じる物語なのです。
この本のなかのいくつかの問題は、解決されないままになっています。もしそういうことが気になったら、自由に想像して、じぶんがなっとくできるように解決してみてください。そうではなくて、この世の中には解決しない問題もたくさんあるのだ……と考えてもらってもけっこうです。
上掲書 あとがき  P197より

 あとがきにはいろいろと興味を引くことが書かれています。「この本は現代の怪談です」(上掲書 あとがき P196)と作者が言っているように、この本には現代の不気味な要素が描かれていて、昭和30〜40年ごろの暗い事実が含まれています。今、こういう物語は書けない、描かれないだろうなと思うようなものが出てきます。たとえば重要な舞台である「精神病院」。そしてロボトミー。
 よくはわからない、解決できないけれども、ぞっとするような出来事が自分の身近で起こっているのかもしれない、それを知ってもどうすることもできない――そして調べてみると、事実そういうことがあった、ということで愕然とするのです。そして、不可解な気持ちがどんより残るような、それでいて白い家の女の子の勇気や戦いを感じて自分も勇気付けられるような、そういう物語です。


 ちなみに、佐野氏は精神病院については昭和40年ころの事情から鉄格子がはまった場所で監視が厳しく退院させてもらえない場所として描いていますが、患者については精神病院に入院している=異常という見方ではないです。
「精神病院の患者のほとんどは、いつもくるっているというわけじゃなくて、ときどき、なにかがきっかけとなって、精神のバランスみたいのものがみだれるらしいんだ。そういうことが一度でもあると、まわりの人たちがへんな目で見る。本人も意識してしまう。そしてまたおかしくなってしまう。そういう人が多いらしいよ」
上掲書 P119

 精神病という偏見や、そうした人を鉄格子の中に閉じ込めるということ、ロボトミー手術のひどさなどが「現代の怪談」であり、恐ろしいことだという考えである事が伺われます。
 古い作品ですがあまり古臭さを感じません。残念ながらこの本は現在絶版です。わたしが借りてきた本は近くの図書館の蔵書ではなく、少し離れた図書館から借り受けていただいたものですが、古い図書カードのスタンプはびっしり埋まっていて、人気があったようでした。きっと思い出の一冊として記憶に残っている方もいるのでしょうね。


参考・物語に出てくる用語について
■ローオルヒヤセルペンチィナ
日本名ウル・インドジャボクと書かれていますが、実在する樹木で、高血圧によいというのも知られていることです。インドジャボクは印度蛇木という意味で、学名のRauwolfia serpentinaはドイツの研究者Rauwolfiaを意味し、serpentinaは蛇を意味する。インドでは精神病の薬として用いられていたというのも本を読むと意味深に思えてきます。
参考サイト:
e-yakusou.com インドジャボク

■ロボトミー(lobotomy)
前頭葉の前の方を切ってしまう手術で、うつ病などに効果があるとされ、手術後の患者が重い後遺症を患うなどの例が相次ぎ、現在は行われていない。日本での患者が起こしたロボトミー殺人事件(1979年)も知られている。
posted by kmy at 20:22| Comment(4) | TrackBack(0) | 佐野美津男 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いまこの本を思い出し、検索していたらここを見つけました。
私は小学生の時に買ってもらって読みました。
ものすごくドキドキしながら読んだことを覚えています。「ロボトミー」というのも子ども心に恐ろしい印象でした。
結末がはっきりしてない本を読む経験を、この本でしたように思います。
大人になり丘修三の「黒い小屋の秘密」を知ったとき少し重なるように感じましたが、やはり子ども時代の思い出には勝てませんね。
Posted by nemuriko at 2009年11月01日 19:31
nemurikoさん、コメントありがとうございます。
佐野さんの本は不思議な面白さがありますが、この本は絶版で図書館で借りて読んだので少し前になります。
自分で書いた記事を読みながら、自分自身と深く関わりあえない世界の出来事で、主人公が解決することはできないし、だからと言ってさらっと流せるようなことでもない、というのが印象に残っています。再読したくなりました。
「黒い小屋の秘密」という本は読んだことがありません。読んでみたいと思います。
Posted by kmy at 2009年11月02日 21:16
「黒い小屋の秘密」も残念ながら絶版です。図書館にはあると思いますので、ぜひ読んでみてください。
じわじわと回りが悪に浸食されていくような不気味さで、のめりこむように読めます。
kmyさんのブログ面白いですね。本が好きな気持ちが伝わってきますし、何よりも佐野さんのこのような本でお話出来るブログはそうありません!ありがとうございます。
私もほんの最近ブログを始めました。
よかったらのぞいてみて下さい。
Posted by nemiriko at 2009年11月03日 08:46
nemirikoさん
絶版の本だったのですね。よく行く図書館はたいていそういう本がないので、取り寄せ貸し出しで借りてみようと思います。
ちょっと不条理というか、あんまり幸せにならない、余韻の残るような物語が好きで、古い児童書にたまにあると嬉しくなります。
佐野さんの話では「犬の学校」が好きです。再刊していましたけど、セットになっていて買わずじまいでしたが。
ブログ、拝見しますね♪
Posted by kmy at 2009年11月03日 16:32
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/35422779
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック