2007年02月15日

『ドリアン・グレイの肖像』

4334751180ドリアン・グレイの肖像 (光文社古典新訳文庫)
仁木 めぐみ
光文社 2006-12-07

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 ドリアン・グレイは老い、醜さ、罪、など、年を重ねるにつれて顔に、体にでるものを全て肖像画に引き受けさせ、自身は少しも損なわれないようには見えていただけで、結局自身とはまったく別個のものとして据え置くことはできなかったと感じます。自分自身の人生に刻んできたことを、自分とは無関係に置いておくわけにはいかない、必ず無理が生じるのではないか――と。ドリアンは肖像画に自己の一部を与え、分裂した状態だったのではないか、と感じます。結局、肖像画は自分自身でありながら、客観的には別のものということになってしまったのですから。

 さて、少し気になるのは、ドリアンはヘンリー卿の囁きに刺激され、快楽主義へと堕ちていく――この快楽というのが気になるのです。ドリアン本人の美しさ、若さをよりいっそう際立たせるような「美への欲望」「芸術への欲望」というような美を感覚的に求めるという部分に多くの文章を与えています。あるときは宝石を、楽器を、織物を蒐集し耽溺したという部分には細かくカタログのように宝石や楽器を並べ上げています。こうした美しいものへの詳細な描写がドリアン自身の容姿と重なるように感じられ、だからこそ、ラストの転換が際立つようにも感じます。素晴らしく輝くばかりに若く美しいドリアン! このイメージは最後の1ページまで損なわれません。
 ドリアンが求めた快楽は豪奢なものへの耽溺だけではなかったとは思います。不道徳な、何か暗さのあるものがあったに違いないのですが、こちらはあまり深くは語られません。これも、ドリアンの若さや美しさを際立たせる演出なのではないかと感じました。
ある夜、家を忍び出て、ブルー・ゲート・フィールズの近くのいまわしい場所に息、ついには追い出されるまで何日も居続けるのだ。
(P265)

 ブルー・ゲート・フィールズというのはロンドンのスラム街で有名だったところだそうで、物語後半部で触れられるアヘン窟があったのでしょう。自身がアヘンに溺れるだけでなく、将来ある若者をも誘い込み、廃人にしてしまったり、そうしたことがあったのでしょう。ここに何日も居続けていたドリアンはいったいどういう生活を送っていたのかは、あえて詳細に語らず、醜さ、老い、堕落などをすべて肖像画が引き受けさせることによって、ドリアンの美しさは保たれ、その肖像画だけを毒々しいくらい醜悪に描きだします。。肖像画の醜さがラストで鮮やかにドリアン自身に移ってしまうさまが素晴らしいと思いました。ラストのドリアンの姿は詳細に描写されているわけではないのに、恐ろしい容貌に変化したさまが浮かびます。

 20代の若さや美しさが永遠なら――たぶん20代のころなら願ったかもしれません。でも。30歳を過ぎてしまうと、20代のままで、とも思わなくなりました。容姿が美しいままというのは憧れますが、年をとっていくのもまた自分というのが受け入れられるようになるからかもしれません。
 
 とはいいながら、30過ぎると写真に写りたくないと思うのはわたしだけでしょうか。鏡を見るのはどうってことないのに、写真に撮られるのってなんとなくうれしくないのは、ドリアンの肖像画に通じるような気がするような、しないような。

 ヘンリー卿の言葉はどれもこれも小気味よく響きます。
この記事へのコメント
kmyさん、こんばんわ

 ドリアン・グレイ、いいですねえ。なんかワクワクしちゃいます。これは若い頃感じた気分の高揚感。
 ドリアンというよりワイルド自身が影のあるもの、退廃的なものに(美)を見出していたようです。退廃的なものに傾倒するのは、ある意味若さの特徴でしょう。
 私はこの話は大人の読む御伽噺だと思っているんですよ。陰影のある美の世界を堪能しつつ、最後は醜くなったドリアン老人を見てほっとする。

 現在はもちろん、若い時も写真撮られるの嫌いでした。自分に自身がないとかじゃなくて、自分が頭に描いてる自分の姿と写真とのギャップが悲しくなっちゃうんです。でも、私は20代の頃より30代のほうが楽しかったですよ。

 
Posted by ぴぐもん at 2007年02月15日 21:03
ぴぐもんさん
ワイルドを語るのは心苦しい感じがするのですが(なんとなく自分に似合わない気がする)、ドリアン自身と傾倒していく美のカタログとラストの対比が凄く印象に残ってます。
若いからこそ退廃的な美に惹かれるというぴぐもんさんの意見に納得です。若いときにはそういうものに惹かれる。最後にほっとするというのもわかります。
これがずっと続くなら、という結末にはならないのですよね。ならないから物語になるという感じです。
30代が楽しいと言えるように、わたしも毎日大事にしなくちゃ、と思いました。
Posted by kmy at 2007年02月16日 17:25
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