2007年01月08日

『怖るべき天才児』

4384040830怖るべき天才児
Linda Quilt Michael Sowa 二宮 千寿子
三修社 2006-11

by G-Tools



 この本に描かれているのは天才とっても「エキセントリック」な天才ばかりです。そしてその子どもたちがどう生きていったのかが描かれている短編人生譚となっています。この子どもたちがいわゆる「普通」とは違った能力を持っていると自らが知り、家族が知ったとき人生はどのような方向に進むのか? 

「普通すぎたノーム」
 ノーム君は本当に目立たない子で、会ってしばらくするとどんな人だったかだれも覚えてくれないという目立たなさだったのです。だから自分自身で顔にサンタクロースのひげをつけたり、かばんにサイレンをつけたりしても結果は惨憺たるものでした。結局だれも自分のことを他人と区別して「ノーム」であると覚えていてくれる人がいないのです。その結果、今度は体育の時間を利用してわざと自分がいかに鈍くさい人間なのかを演じるようになったのです。しかし、その後自身に備わっていた特別な能力に気がつき、それを磨くのですが……。

「眠り姫」
 ウィップルトン家に生まれた娘は活動過多の長兄、野心家の次兄と異なり、とても落ち着いてよく眠る子どもでした。父親は最初のうちは喜んでいたのだが、眠ってばかりいる娘のことが今度は気になりだしたのです。この年齢にしてはおとなしすぎるし、何かに興味を持ったり庭ではしゃぎまわってもいいはずだ、と。学校に行くようになるとこの懸念は本物になっていくのです。授業の内容はある種のトランス状態を持ってやすやすと理解した一方、授業中は要点がわかったとたん寝てしまう、そんな彼女の行く末とは?

「存在の限りない軽さ」
 バルサザー・ボリンジャーは見た目は恐ろしいほどまん丸の体型をしているのに、体重を量ると未熟児なみの赤ん坊として生まれました。旺盛な食欲を見せ、見た目の体型は風船のようになっているのにもかかわらず、体重を量るとほんのちょっぴり。おまけに軽々と動けるどころか、つなぎとめておかないといけないというので、鉛でできたブーツを履いてくらすように。こんなバルサザーはカトリックの有名が学校に通い、人生を見出すのですが……。

 短いながらに語られる「天才」たちの人生。ここで注目すべきは両親をはじめとする周りの存在ではないかと思います。あまりにも平凡で特徴がなければ、他とは違う注目されるような人間になって欲しいなんて願ったりします。人とは違うところをもって欲しいと思う一方で、いざそうしたことが顕著になっていくと、今度はいっぺん「もっと普通でいいんじゃないか?」と思ってしまうのです。そして周りの人間のこうした視線が天才児たちの人生に影響を及ぼすのです。「蒸発」で描かれるビーゴン少年が持った能力は生かされることなく封じ込められようとします。あまりに平凡だったノームが人とは違った能力を持っていることが世間にしれると大騒ぎとなりますが、ノーム自身は皮肉な人生を選択することになるのです。これとは逆に「眠り姫」の主人公ワンダはいい出会いをします。それもこれも、自分自身をとりまく人々との出会いや処遇でこの能力を生かすかどうか決まるように思います。
 人と変わっているところがあったほうがよいと思う一方で、普通であってほしいと思う両親の相反する願い。その作用がどれだけ子どもにとって影響を与えるかという視点で読めばかなり現実的な感じがします。
 この表紙は天才児たちの集合写真です。本来こうして集まることはなかったはずですが、ゾーヴァ氏のおかげでこうした絵が見れます。このカメラ目線がなかなか今後を物語っているとうか、「あなた、こんな子どもが自分の家にいたらどうするつもり?」と言われているように感じるんです。あるがままに受け入れるのって難しいかも。理解できる? もっと普通がよかったのに、と言う? 周囲に理解者があるかないかということで、その能力は幸福にもなり、不幸にもなると物語前編を通じて感じさせるのです。しかしながら、ノームはノームの、ワンダはワンダの人生をこう選んだ、それはそれでひとつのあり方だな、と思わせる短編集でした。

 ちなみにリンダ・キルト氏の本はこの一冊?なのかどうかもわからないくらい謎の作家だそうです。ゾーヴァ氏の絵が効いています。ないはずなのにありそうに描くのが得意な画家だと改めて思いました。
posted by kmy at 14:29| Comment(2) | TrackBack(1) | ハッケ&ゾーヴァ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
TBありがとうございます♪

わたしたちはいつも矛盾にさらされていますよね。
ひとと違った特技を身につけようと言われたり、ひとより目立つなと言われたり。
ある決められた枠内ではいいけれど、そこをはみ出すのは許されなかったり。

大人って勝手だなぁ、とは思うものの、いつの間にか自分もそんな選択を子どもに押し付けてやしないかと思ってしまいます。

この本の中では確かにkmyさんの指摘の通り、周囲の大人がポイントだと感じます。
というか、けっこう身近な人が「そのまま、ありのままのあなたでいいんだよ」と受け入れてくれている(中にはそうじゃないのもありましたが)。
ビーゴンの能力はきっと誰もが欲しいと思うけれども、使い方を誤るのが怖い能力ですよね。もし自分の子どもがこんな力を持ってたらと思うと、ウッ怖い。

ゾーヴァの絵があって、相乗効果でますます魅力的な本になってると思いました。作者についても気になってしかたないです(笑)。
Posted by ヤヤー at 2007年01月08日 19:23
ヤヤーさん、自分が親になってみると、ことさら感じるのが、子どもがどうあるか、ということなのかも、と思いました。
この本に出てくる子どもたちはどれも「奇妙」な子ばかりですが、それを受け入れてくれる目があれば「眠り姫」のようになるのでしょうし、そうでなければ「蒸発」のようにもなるのだという皮肉めいたものを感じます。
普通=目立たないことを選び取る幸せもまたありますが、子ども自身で拒否することで成り立つのってちょっと悲しい。
ビーゴンの話は特に面白かったです。ゾーヴァ氏は有名ですが、リンダ・キルトさんはいったいどういう方なのでしょうね。短編集というとこれ一冊という翻訳ものが多いのですが、ほかには書いていないのか気になります。ゾーヴァ氏は作品の絵を頼まれたのかな?なんてことも思います。
Posted by kmy at 2007年01月10日 14:18
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Excerpt: 『ブラックでシュールでエキセントリック。』 , 2006/12/20 たったの七つしかないお話なのに、もっとたくさん読んだような気になります。 それは自分の周りにこういう主人公たちがいたら..
Weblog: おかめはちもく。
Tracked: 2007-01-08 19:13