2006年12月23日

『思いがけない贈り物』

 クリスマスイブの夜、仕事を終えたサンタクロースの元には人形がひとつ残っていました。さっそくパソコンで人形をもらっていない子どもを検索すると、女の子が6人、男の子が234万8167人。タクシーに乗って女の子の家を一軒ずつあたる事にしたのですが……。
4062089173思いがけない贈り物
Eva Heller Michael Sowa 平野 卿子
講談社 1997-11

by G-Tools




 届けに行った女の子はいろいろな人形をすで持っていたり、人形なんか興味がないという子どもばかり。サンタクロースは悩みます。こんなにもうプレゼントがあるのに、欲しいものはみんな持っているようにみえるのに、この人形がさらにプレゼントとして加わるということはあまりインパクトがないように感じたものです。
 しかし、こうして改めて読んでみると、違った印象を持ちました。多くのものに囲まれているとしても、それが望むべくものではないとしたら? 贈り物をしたということだけで満足してしまっているのでは? さまざまなものに囲まれる現代にあって、本当に望むものは忘れ去られているのかもしれない。サンタクロースは女の子たちの元を回ったあとで友人のミセス・ハッピーとミスター・ラブのところで 久々に読み返してみると、違った印象を持ちました。いったい、この人形はどうしたらよいのか、人形が欲しい男の子にあげたほうがよいのか、はたまた寂しい老人にでもあげたほうがいいのか?
「だれも欲しがらないからって、あまったものをもらったりしたら、ハッピーになるどころか気がめいってしまうでしょうよ」
(中略)
「人に物を贈るとき。軽率すぎるんです。軽率に贈り物をしすぎますよ」
(P65)

 人形自身は誰が自分を欲しがっているかわかっています。求めているものを得る前に「軽率」にいろいろなことを満たしてしまいがちな現代のわたしたち。本当に自分が求めているものを見失いがちになっているのかも、とふと思いました。思いがけないときに自分が求めているものに出会うこと、きっとある。そして自分自身も「求めているもの」に出会ったときはすぐにわかるもの。
posted by kmy at 19:59| Comment(11) | TrackBack(0) | ハッケ&ゾーヴァ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今はものがあり余っている時代なので、こんな状況になるんでしょうね。実は私の上司もやたらと物をくれたがる人でしょっちゅう食べるものとかなんやかやくれるんです。断るのも断りずらいし、貰っても結局捨てちゃうだけのものもあるし、かなり閉口してます。こちらから何か渡すと倍の値以上のお返しをされちゃうし・・・

 お金でも物でも愛情でも自分の手でつかむからこそ嬉しいのに・・・プレゼントってつまりは貰う人じゃなくてあげる人を満足させるものなのでしょうね。
Posted by ぴぐもん at 2006年12月24日 09:57
ぴぐもんさん、こちらにもコメントありがとうございます。ゾーヴァの絵に惹かれてだいぶ前に購入した本ですが、ハッケとは違うテイストのお話なので、すんなり消化できずにいた物語です。ぴぐもんさんの上司も「軽率」なのかもしれませんね。
プレゼントはあげる人を満足させる、確かにそういう面がありますね。子どもにあげすクリスマスプレゼントもそうかもしれませんし。
欲しいものがあって、手に入らないときに「あれが手に入ったら」と思っている時間というのは結構いいものだな、と年をとるにつれて思うようになりました。安易に手に入ってしまうと感動も薄い。そして、自分で手に入れてしまうと飽きてしまったりするし。最近は買わずにがまんを楽しんでいたりもします。
Posted by kmy at 2006年12月24日 13:02
プレゼントってむずかしいですね。
一緒に生活していて アンテナをはりめぐらしていても・・・
最近は、うちの娘たちは2人で買い物に行くようになり、そこでお互い欲しがっているものを察知して、プレゼントのヒントにするようです。
タイムリーに察知するっていうことが大事なんでしょうね。
kmyさんちのサンタさん 来たのかな〜
Merry Christmas!

 
Posted by noel at 2006年12月25日 01:13
noelさん、メリークリスマス♪
プレゼントは難しいです。早めに買わないと売り切れても困ってしまうし、今年は割りと早くからショッピングサイトなどを見ながら「こういうのいいね〜」なんて話をして決めました。
娘さん二人はどんなものを希望されたのでしょうか。女の子のものというのは結構難しいといつも思います。毎年悩みます〜。
Posted by kmy at 2006年12月25日 20:52
こんばんわ〜&メリークリスマス。
お返事書いたあとすぐこちらにやってきましたー。
物があふれ情報にふりまわされて「贈り物」の価値は薄れるばかりですよね。
諸事情がありまして(笑)我家にサンタは今年から来ませんが 娘が3年前のクリスマスにプレゼントでもらった木製のドールハウス、今でも遊びますから そういう何年たっても手にしてくれるような 年月がたてばたつほど愛着がわくような贈り物がしたいですねえ。
 ところでこの「思いがけない贈り物」、ジョン・バーニンガムの「クリスマスのおくりもの」の『サンタさんが仕事を終えて帰ると贈物がひとつだけ残ってた』、という最初の設定が同じですね。でも 「パソコンで調べると」というのが現代だわー。 ゾーヴァの絵もとってもいいですね。
そうだ プレゼントなしでもクリスマス絵本くらい読んであげればよかったな。明日読んでも許してくれるかな。
Posted by めぐりん at 2006年12月25日 22:34
めぐりんさん、バーニンガムの絵本、そういえばそうでした! 買おうと思いつつ借りては読んだのに、忘れていました。いろいろ苦心してサンタがやっとこさとどけるほのぼのとした本で好きです。
めぐりんさんのおうちでも思いがけないケーキで喜ばれたようで何よりですね。そういうのって逆にいいのかも、と思うのです。あれも、これも、あっても、でも違う、というのよりは。
何年経っても遊んでくれるというのはいいですよね。昨年修理に出したたまごっちがまたまた不調で再度修理か?もう直してもらえないか?と本日非常に悩んでいます。娘はそれなりに愛着があるようで……年明けないと修理に出しても、ね、無理ですしね。
Posted by kmy at 2006年12月26日 17:46
kmyさん、娘たちの欲しい物は、上の子がデジカメで、下の子はipotです。でも、サンタの正体は知っているので、そういう高価なものは、入学祝いとかそういう時にと思って我慢させています。
でも、クリスマスには 欲しがっていたCDをさりげなく置いておきました。
ものそのものより、贈る心を大事にしたいな〜って思って・・・
Posted by noel at 2006年12月27日 01:00
noelさん、欲しいものはなかなか高価ですが、実際にそれをもらおうという気持ちはまた違うのですよね。「ものそのものより贈る心を大事に」ってわかります。欲しいとか言い出したらきりがないものですけども、実際に自分が「贈り主」になるのはそれはそれでいいものだと思います。(「軽率」に贈りすぎなければ、ね)
noelさんのコメントから思ったのですが、こういうサンタからもらうというイベントを通して「贈られる気持ち」を育てていくのかな、と思いました。単なる欲望充足の日に成り下がるのではなく、贈られたときの喜びを感じるとか、贈ってくれた人のことを思うとか、そういうことって大事ですよね。
Posted by kmy at 2006年12月27日 16:23
このごろホントに欲しいものがなくなったなぁと思います。
あしたから初売りのところが増える昨今ですが、あの大勢の人を見ると、欲しくなくてもお金を遣うのが楽しいのね、みんながお金を遣っていると負けたくないから自分も消費行動に走るのね、と思ってしまいます。

で、振り返ってみれば自分だってそう。
いつだってそのときに興味あるものにはじゃんじゃんお金をつぎ込んでいるのです。
誰かに贈り物をしようと思うとき、そこには楽しい気持ちとともにある種の「優越感」があることを意識します。
自分はこんなに気が利いてるのよ、しゃれたものを選ぶセンスがあるのよ、このくらいの金額のものを買えるのよ…。

ホントに近しい間柄でなければ、贈ったり贈られたリが負担になっちゃうことも多いのかも知れませんね。
さりげなくプレゼントをする、お礼をする、って高度な技なのかも(!)。

kmyさんとはことしもいろいろと考えることの多いおつきあいで、楽しく過ごすことが出来ました。
ありがとうございました。
あしたからもまたいろんなお話をして行きたいです。
どうぞよろしくです♪
Posted by ヤヤー at 2006年12月31日 23:51
kmyさん、
 あけましておめでとうございます。前回送ったコメントはちょっと愚痴っぽくなってしまって反省してました。
 私は子ども達に「ほしいものは自分で手に入れろ」といつも言ってます。お金でも物でも仕事でも愛情でも。ホントに欲しい物こそ自分で手に入れるべきだと思ってます。プレゼントはおまけ程度でいいのではと思ってます。
 
 サンタクロースがパソコンで子どものリストを検索する・・・なんて、やっぱり現代だな・・と感心しました。kmyさんがよく紹介してくれるハッケ&ゾーヴァの本はこの辺の本屋さんでは見かけません。今度都会の本屋さんに行ったとき探してみようと思います。

 今年もよろしくお願いします。
Posted by ぴぐもん at 2007年01月01日 11:42
ヤヤーさん、あけましておめでとうございます!
欲しいものがなくなった、20代のころは消費を謳歌しているようなところもありましたが、なんだか物を買うことで何か別のものを手に入れることができるような、何かそういう気持ちになることがあります。物ですべて解決するわけではないのだけど。
贈り物というのは、小さくても「気持ち」が送れるようなものだといいな、といつも思っています。その意味ではポストカード一枚でも本当にうれしいものですよね。
消費、もの、気持ち、こうしたことを考えるのは永遠の課題でもあるのですが、またゆっくり考えていこうと思っています。
今年もどうぞよろしくお願いします。


ぴぐもんさん、あけましておめでとうございます!
本当に欲しいものは与えられるものではない、とわたしも同感です。思えばこうしてネットをはじめるようになったパソコンも自分で本当に欲しくて、ボーナスで買ったときのうれしさを思い出すのです。ずーっと欲しくてやっと買えたというそのときの気持ちとか、状況とかはいつまでも心に残ります。
逆に、プレゼントは「思いがけない」もののほうがいいのかもと思います。高価なものよりも、これを選んでくれたんだ、というものを眺めるほうがうれしいものです。ぴぐもんさんの意見に賛成♪ 学生時代に結構高価なものを頂いたことがあって、じゃあお返しには何を?と凄く悩みました。うれしいよりも困ってしまう(たとえ親しい人であっても)のです。もらいなれてしまうとそうも思わないのかもしれませんけども。
文章はハッケの書くもののほうがすきです。エヴァ・ヘラーの本はほかにあるのかわかりませんが、読んだことがないのです。日本では「ゾーヴァの絵」として本が出るので、スズキコージ挿絵の本だから読んでみようか、という感覚と同じような気持ちで読んでいます。絵は一緒でも物語の傾向が違うので、どちらかというと未消化のままずっと棚においてあった本でした。
今年もどうぞよろしくお願いします。
Posted by kmy at 2007年01月01日 19:46
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