2006年08月24日

『牡丹さんの不思議な毎日』

 娘の菫(すみれ)は愛犬フレディが飼えないと困ると騒ぐし、お父さんは趣味の盆栽が置けなくちゃ嫌だと言い張る。多趣味の牡丹さんも荷物がいっぱい。そこで牡丹さんは引越してきたのです――温泉街のつぶれたホテルに。ここなら部屋も広いし温泉はあるし。普通の家よりちょっと高いくらいでこれはお買い得、30年ローンで返すわと張り切る牡丹さん一家の前に現われたのは温泉を気に入っている幽霊のゆきやなぎさんでした。
4251041925牡丹さんの不思議な毎日 (あかね・ブックライブラリー)
柏葉 幸子
あかね書房 2006-05

by G-Tools


 このお話、牡丹さんたち一家と温泉街に起こる不思議な出来事の連作短編集です。引越してまず仲良くなった幽霊のゆきやなぎさんと共に、巻き起こるのは温泉に入る幽霊と同じくらい奇妙で不思議な出来事ばかり。でも、ここはそういうことが起こってもおかしくない場所、と牡丹さんたちは馴染んでいきます。
 牡丹さん一家を軸に語られる短編は、それぞれにゲストというべき人物たちが登場します。この人物たちは牡丹さん一家のような明るい悩み(荷物が多い、犬を飼いたい)ということで温泉街を訪れるのではなく、今の日常に不安定な要素を持った人たちです。再婚した両親の新婚旅行についてきたものの、別れたお父さんと暮らしたい子ども。かつてこの温泉街で暮らしていたお茶園のお嬢さんだったのに、父親の借金が元でここを離れ、母親は離婚し、それなりにやってきたけどもリストラされて思い悩む女性。ここで不思議を体験する人たちは何かしら問題を抱えながら、これからどうやって生きていこう?と考えていることが多いのです。その問題は現実的で現代的なものが多く、簡単に解決するものではないものの、この温泉街の不思議に導かれて新たな道を見出していくというストーリーに仕上がっています。おとぎ話のような安直な結末にはならず、「この先」を見出した人たちを見つめる牡丹さん一家と共に、心にほっとする温かさが残る素敵な物語です。
 いろいろな現実があって、それでも生きていかなくてはいけないとき、こういう不思議なことが起こるのかも? なんとなく、最近の心境にぴたっとくるお話。

 この物語を読みながら、児童書というジャンルで描かれる大人について少し考えました。うーん、うまく言えないのですが、子どもが主人公の児童書と大人が主人公の児童書というのがあります。ここでの登場人物は主に大人がメインです。離婚やリストラ、恋愛問題など、大人の持つ現実について描かれていますが、子どもの視点ではありません。大人が読む小説はこうした事実について細かく触れたり、その人間関係を描き出したり、実際的な描写で描かれますが、「児童書」というくくりでこうした大人が描かれるときは、端的に要点だけが語られます。それでも登場人物たちが持つ悩みや心の揺れなどが強く印象に残るような気がします。現実感溢れる生々しさから一歩引くことで読みやすくもなると思いますし、いろいろな解釈もできるような気がします。年齢によっていろいろな読み方ができる、長く楽しめるもの=児童書と改めて感じさせる本でした。
posted by kmy at 19:43| Comment(4) | TrackBack(0) | 児童書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
うーん・・
いつもながらkmyさんの文章にはうなっちゃいます私。

「生々しさから一歩引くことで読みやすくなる」「長く楽しめるもの=児童書」
なるほど!本当にそうですねえ。

良い本はベストセラーより ロングセラーにあり、というのは そういうことですよね。
児童書にはロングセラー 多いですもんね。
またまた目から鱗でした。

さ、 さっそくみつけて読まなきゃ!
「牡丹さん!」
Posted by めぐりん at 2006年08月25日 18:47
めぐりんさん、こんにちは♪
唸っていただけて光栄に思います。でも、そんなに凄いことは書けていないのですが。思ったことを表現すると言うのも難しいですね。
児童書で大人が主人公になっている本というのも子どもでも楽しめますよね。安房さんのお話で好きなものは結構大人が主人公だったりしますが、子どものころからのその雰囲気には引き込まれていますし。
児童書のロングセラーって本当に長く読まれていますよね。牡丹さん、ちょっと不思議な出来事でその出来事や牡丹さんのやり取りなども面白いですが、背景にある悩みや不安などもよくわかる気がします。
柏葉さんの本、わたし自身は短編が結構気に入っています。
Posted by kmy at 2006年08月26日 17:23
ささめやゆきさんが大好きで、本屋さんでこの本を見かけた時は、絵にばかり目がいってしまいましたが、kmyさんの記事を読んだら、ストーリーにも興味を引かれて、
読みたくてたまらなくなりました。
本当にkmyさんは、本を紹介するのが上手!
「いろいろな現実があって、それでも生きていかなくてはいけないとき、こういう不思議なことが起こるのかも? なんとなく、最近の心境にぴたっとくるお話。」
私の最近の心境にもぴたっときそうです。
Posted by Helenaヘレナ at 2006年09月12日 09:37
ヘレナさん、ありがとうございます♪
図書館で目についたので借りてみた本ですが、ちょうど心境にぴったりきてほしくなりました。(まだ購入にはいたってないのですけど)
ささめやゆきさんの絵はいい脱力感を感じます。幽霊のゆきやなぎさんなどのキャラクターともあっていると思いました。それでもストーリーがしっかりしていて、強い力を感じる物語で、そこが気に入っています。
柏葉さんの本は、今の状況から一歩前に出てみよう、という気持ちになるものがありますね。この本でヘレナさんにも不思議な温かい気持ちが生まれますように!
Posted by kmy at 2006年09月13日 09:58
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