2006年06月23日

『ぼくがおうちでまっていたのに』

オンライン書店ビーケーワン:ぼくがおうちでまっていたのに

『ぼくがおうちでまっていたのに』
ヤーノシュ作・絵 石川素子訳 徳間書店

 ヤーノシュのこのとらくんくまくんシリーズは『パナマってすてきだな』が最初に日本で出たと思うのですが、買いたいときには既に絶版で、図書館で借りて読んだ気がします。この徳間書店の2冊は、その後何年(1999年出版)か経ってから出たので、読みたい時期を逃していました。ヤヤーさんのおかげで改めて手に取る機会を得たのですが、あー、なんだか他人事じゃないみたい。

 とらくんとくまくんは一緒にくらす友だち同士。とらくんは自由奔放な性格ですが、くまくんはまじめな性格。ある日とらくんは小さなぶたに出会って、自分の任せられた「きのことり」を忘れて遊びほうけてしまいます。家に帰ってちょっと言い訳するとらくん。

「小さなぶたにあって、ふたりでもりにいったの。もりですこしあそんだら、もう、くらくなっていて、きのこがみえなくなっていたんだ。みえないんだからみつけられないでしょ」(P11)

 くまくんはいつものように夕食を作りました。次の日はとらくんが家の仕事をしてくまくんが釣りにいったのですが、小さなぶたがやってきて、一緒に遊びにいきます。とらくんはやることも忘れて遊びほうけてしまいます。結局くまくんは家に帰ってから家の仕事を片付けるのです
 そして次の日、きのこをとりにいくとらくん。小さなぶたの家に寄ると、ケーキを焼くからよってかない?と言われて、そのまま遊びほうけて家に帰らなくなってしまいます。さて、とらくんとくまくんはどうなってしまうのか……。

 ヤーノシュのこのシリーズはいつもくまくんがとらくんに振り回されているような印象がありますが、でも、それでもくまくんはとらくんのことを好きだし、とらくんも本当にくまくんのことが好きなのだと感じます。そこに現われた新しい友だち。その友だちと遊ぶ新しい体験、新鮮な楽しさ。その間くまくんのことをすっかり忘れてしまっています。
 
 わたし自身、ずっと一緒に過ごしていた友だちと「別れ」たことがあり、とらくんの行動を見ているうちに、自分が重なりました。『ぼくがおうちでまっていたのに』のタイトルの通り、友だちも待って待って待っていたのかもしれない……とらくんの言い訳ではないですが、そのときのわたし自身はちょっと遊びに行ったり、ちょっと熱中したりしていただけのような気がしていたけど、彼女は待ちくたびれてしまったのでしょう……もう何年も前のことです。もう会うこともできないけど、今、彼女が幸せに暮らしていることを願って。


posted by kmy at 16:51| Comment(5) | TrackBack(0) | 絵本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この本、私、大好きです!

日本語タイトルは「ぼくがおうちでまっていたのに」だったんですね!くまくんの切ない気持ちがつたわってくるようですね。

ドイツ語の題は単純で、「Guten Tag kleines Schweinchen(こんにちは 小さな子ブタちゃん)」です。タイトルが少し違うだけでも、読んだときの印象が変わったりもするのかなあなんて思いました。
Posted by ビアンカ at 2006年06月23日 17:10
これってほんとに自分の子どもが友人関係で悩むようになったら、身にしみて感じる内容だなと思うようになりました。
自分のことは思い出せない・・・思い出したくない?

好きって何だろう。友だちって何だろう。
安心して一緒にいられるのも、新しい友だちと遊ぶのも楽しいのにね。
あっ、思い出した!
高校一年生のときです。確か季節もいまごろでした。
研修かなにかで一泊したとき、別の班の部屋の子に誘われて、そこでお喋りしていたのです。
わたしとしてはいろんな新しい友だちが出来て、いろんなひとと話をしたかっただけなのですが、残された子たちは「何であっちの部屋に行っちゃったんだろう?」と言ってたと後で聞きました。
他の子も誘ったのですが、班内での友情を深めたかったのですね。
それに気づかなかったことが悔やまれますが、いまでも付き合いがあるのは、結局苦楽を共にした同じ部活の子たちだけです。

大人になってから知り合ったひととの方が、深く充実した付き合いをしているような気がします。
Posted by ヤヤー at 2006年06月23日 20:03
ビアンカさん、ドイツ語のもともとのタイトルですと、とらくんの視点のようですが、日本語のタイトルですとくまくんの視点というように感じられますね。原書のタイトルのままだと新しい友だちと出会う楽しさのような印象ですが、日本版のタイトルだと、残ったもう一人(絵本の中ではあまり描かれていませんが)のせつなさのような感じがします。くまくんがどう思っていたかというのは想像になってしまいますが、だからこそいいのかも、なんて思います。
コメントありがとうございます♪

ヤヤーさん、結構前にヤーノシュの本はまとめて読んだのですが、そのときに読めずにいたものを改めて今読んでみると、とらくんとくまくんの住んでいる世界やキャラクターたちがよりわかって面白いです。
友だちについて考えると本当に身にしみてわかりますね。客観的にとらくんの行動を見て自分のことを思い出したり、くまくんのことを想像しながら、探してくれていたことに感謝したり。実際はくまくんのようにはいかない(自分でもできない)ことが多々あるのですが、この本を読むとほっとした気持ちになります。
ヤヤーさんの思い出もよくわかる気がします。子どもから大人までという絵本です。
コメントありがとうございました♪
Posted by kmy at 2006年06月25日 11:14
久々にお邪魔しましたら、大好きな絵本のタイトルが目にとまりました。

原題はそんなタイトルなのですね。ちょっとびっくり。だいぶ印象が違いますね。やはり邦題には日本人の思考パターンが現れるのか、日本の純文学的なテーマに作品の焦点がきているような気がします。

私にはけっこうオトナな話に思えるのですよ。このコブタちゃんたら、すごくコケティッシュな存在でしょう。真面目で信頼でき、安心して家庭を任せられる妻のようなくまくんとは対照的に、色っぽいけど自堕落で享楽主義のこぶたちゃんとの、いわゆる火遊びみたいな関係。あらま、とらくんもやっぱり男なのねー…なんてね(笑)。
Posted by えほんうるふ at 2006年07月11日 23:40
えほんうるふさん、お久しぶりです。原書と日本語ではタイトルの視点が違いますね。コブタちゃんがコケティッシュ、確かにそうですよね。友だちというよりは、火遊びみたいな関係ってわかります〜(笑)その後、コブタちゃんは出てくるのでしょうか? これっきりの関係のように感じられますね。
とらくんのことを責めないで探しに行くできたくまくんよりも、なぜかどことらくんのほうが気になります。いとおしいというか。人間味があるというか。新しいという価値にひかれて、古いものを忘れてしまうときって誰でもあるんだろうな、と。ヤーノシュの最近の本は「大人向け」というタイトルが多いような気がしますが、いろいろな読み方ができて、むしろ、日本では「大人向け」に分類したほうが受けがいいのかも?などと思ってしまいました。
Posted by kmy at 2006年07月12日 16:53
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