2006年03月26日

『翻訳はいかにすべきか』

 『チョコレート工場の秘密』の新訳を手がけている柳瀬尚紀氏の翻訳論。これを読んでみるとなるほどなるほど、『チョコレート工場の秘密』の翻訳への理解も深まると思います。忘れないうちに、内容についてメモしておきます。
4004306523翻訳はいかにすべきか (岩波新書 新赤版 (652))
柳瀬 尚紀
岩波書店 2000-01

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 従来の翻訳作品に見られる特徴として「彼」「彼女」などの人称代名詞の多用、辞書の訳語をそのまま当てた翻訳文に不自然な翻訳について挙げています。また、時制をそのまま訳すのではなく、現在形で訳すことについても述べています。重要な意味を持つことばをそのままカタカナにしてしまうのではなく、ユーモアまでを伝えるような翻訳をすること、関係代名詞の句を前に持ってきて訳すことをせずに、頭から訳していくことなどを翻訳で生かしているらしいですね。原文と出版されている訳と自身で翻訳した文を示して解説を加えています。既に出版されているもの「鼎訳(ていやく)」は「英文和訳」であり、著者は「翻訳」をしているとのこと。なかなか辛辣に書いてありますが、確かに柳瀬氏訳では辞書のことばをそのまま使ったりせず、簡潔であり、語の結びつきを考えた訳語を選択して訳してあるようです。語感や音、意味を含ませた造語などをどのように訳したらよいかということに強い興味を持っている方だと思いました。根底には二葉亭四迷の「余が翻訳(←本文中では旧仮名遣いです)の標準」の文章の「意味ばかりを考へて、これに重きを置くと原文をこはす虞(おそれ)がある」(P207)という考えで翻訳されているのだと感じました。

 わたし自身は柳瀬尚紀氏の翻訳作品を読んだのはええと『もつれっ話』くらいだと思います。(しかも学生時代にルイス・キャロルの作だから童話?と思って読んだら難しくて古本屋に売った覚えがある《笑》)読んだうちにははいらないか。内容も覚えていないので。
 柳瀬氏は漢字の持つ音と意味との融合を気に入っているようで、文字の選択にも気を配り、使えた時代が羨ましいということを書いていますが、はぁ〜、ため息出ちゃうくらい難しい漢字が結構出て来ています。代表翻訳作品『フィネガンズ・ウェイク』の一節も出てきますが、作中にHCEの頭文字を被っているということで、漢字を多用してその雰囲気を出しているそうです。引用してみようと思ったら漢字が出ませんでした(大汗)やまいだれに「嬰」で「えい」やまいだれに「疑」で「ち」廁(し)意(い)萎(い)やまいだれに「委」で「い」ということで、「えいちしいい(HCE)」とルビがあります。漢字一文字ずつの意味も含めているのでしょうが、漢和辞典がないと読めない(汗)と思います。
「フィネガンズ・ウェイク」を読むではフラッシュでこの作品を見ることができます。ここでも「HCE」を含めた訳があります。原文を知らずに読んでも楽しめる? うーん、難しい気です。理解できるかどうか、自分に自身がないです。(上記リンク先現在見当たりません、削除?移動? 不明です。すみません。2006/5/10追記)

まとめとしてメモ。柳瀬氏の翻訳について
人称代名詞は使わない
文章は簡潔に、頭から訳していく
原文の時制にこだわらない
語感・音感などを残して訳す
辞書の訳語をそのまま使わない
原文の持つユーモアを伝える
会話文の語尾で「わ」「よ」「の」は避ける

この記事へのコメント
ははあ、なるほど。
柳瀬さん訳のダールを借り込んで読んでいますが、そのあとがきにいつも翻訳についてのメモがあって、その作業は苦労もあるけど楽しそうです。
灰島かりさんの訳した『へそまがり昔ばなし』のあとがきにも「ライム(韻)」について書いてあって、確かにうまく作らないと、原書の楽しさを壊しかねないよなあと思いました。
アン・ファインの『妖怪バンシーの本』を訳した岡本 浜江さんも、日本語に合うように言葉を作り替えることを作者に了解を得たと書いてありました。
金原さんも言ってますが、結局は日本語のセンスがものを言いそうですね。

柳瀬さんのダールも楽しくて読みやすいです。
「フィネガンズ・ウェイク」は残念ながら読んでません。
ほんとは一般書の訳の方が、自由がきいてやりやすいのかも知れませんね。
でも、児童書だからといって読者を甘く見ているものは、大人が読んでもやっぱりつまらないと思います。
これもダールの魅力のひとつでしょうが、子どもだからといって見下したりせずに、大人以上にちゃんと対等に目線を合わせていますよね。
訳者がどのように仕事をしているかを知ると、ますます好きになってしまいます。
Posted by ヤヤー at 2006年03月26日 21:30
柳瀬氏はダールの新訳を手がけていますが、わたしが読んだのは『チョコレート工場』だけです。
翻訳者の視点を語るこの本で柳瀬氏の翻訳への真摯な態度がわかります。金原瑞人氏も翻訳は常に新訳が出されるべきという考えを持っていますし、確かに、柳瀬訳は田村訳にないものがあり、意義があると思います。やはり新訳がでるのはある程度の読者層ができている本だけですから、今までの読者は旧訳に馴染んでしまっているので、ちょっとした違いが気になるのでしょう。(わたしもそうかもしれませんが)そこに挑戦しているという気がします。
ヤヤーさんが挙げてくださった本、読んでないな〜。新訳の出ないダールの本も持っているだけで飾りになっているので読まなくては。
Posted by kmy at 2006年03月27日 09:09
こんばんは。『チョコレート工場の秘密』新旧翻訳の比較の前段で、この本を読んでらっしゃったんですね。わたしもこの本は読みました。

>まとめとしてメモ。柳瀬氏の翻訳について
人称代名詞は使わない
文章は簡潔に、頭から訳していく
原文の時制にこだわらない
語感・音感などを残して訳す
辞書の訳語をそのまま使わない
原文の持つユーモアを伝える
会話文の語尾で「わ」「よ」「の」は避ける

はそのとおりだなと思いました。とりわけ、「彼」や「彼女」は使わないという柳瀬さんの主張には大賛成です。「彼」「彼女」という人称代名詞自体がいわゆる翻訳調だからです。もともと日本語には英語のような主語というものがありません。だから、英語の代名詞を逐一訳すのは日本語にはそぐわないのです。
 まあ児童文学の翻訳ものでは日本語として読むに耐えないようなものはまあまずないとわたしは思っています。日本語になっていない翻訳なんて、子どもが受けつけるはずがないでしょ?
 それから、本書に関するウンチクを一点。詩人の吉増剛造さんのことに触れている箇所がありますが、この吉増さんは田村隆一さんともとってもかかわりが深かった人なんです。田村さんは吉増さんの結婚媒酌人つまり仲人さんで、吉増さんは田村さんの葬儀の際の葬儀委員長を勤めた人なのです。
 『翻訳は以下にすべきか』と田村さんの『詩人のノート』を読んでみたら、柳瀬さんと田村さんの共通項が詩人の吉増剛造さんだったという、実に興味深い事実がわかって、わたしなりに面白かったです。
Posted by こいさん at 2006年05月10日 19:28
こいさん、柳瀬さんの本を読まれておられたようで、お話くださりありがとうございます。吉増さんという詩人は知らなかったのですが、この本を読んで検索してみたことがありますが、田村さんも吉増さんも詩人として高い評価を得ているらしい方ですよね。そう考えると、柳瀬さんは「詩人田村隆一」をどう評価していらっしゃるのか、気になりました。(翻訳家としては目指すところが違うという意識なのではないかと思いますが)
ウンチクも面白いですね。本当に関わりの深いお二人だったというエピソードだと思います。
Posted by kmy at 2006年05月11日 16:23
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