2006年02月24日

『Tバック戦争』(カニグズバーグ作)

 Tバックって、あのTバックですよ、もちろん。Tバックがいいとか、悪いとかいう価値判断はちょっと待ってください。読んでみるとTバックがいいとか悪いとかいうことが問題ではないと感じるようになります。
4001155974Tバック戦争・影 小さな5つの話 (カニグズバーグ作品集)
E.L. Konigsburg 小島 希里
岩波書店 2002-05

by G-Tools


 主人公クロエは友人たちとの誓約(気に入らない髪形で一日を過ごしているときには共にプールに浸かる「浸水洗礼」を行なう)にサインすることを逃れるため、夏休みを母親の再婚相手ニックの姉バーナデットの元で過ごすことにします。クロエが浸水洗礼を逃れたいという理由があるのはもちろんですが、近頃友人たちと過ごすことが何となく楽しくないのです。クロエ曰く、「皆と同じように合わせるか、風邪を引いた振りをするか」しなくてはいけない。
 バーナデットはペコ市で「ザックの移動食堂」(バンを船着場などに止めてサンドイッチ、コーラ、ホットドックなどを販売する)で働いています。クロエは来た早々からこの仕事の手伝いをすることになるのです。この仕事は場所が命。いい場所を取れればそれだけ売り上げが上がったのですが、ある日ザックの恋人で同業者のワンダがTバックを着て販売を始めると状況が一変します。お客は皆ワンダの元に……しばらくするとザックの移動食堂で働く従業員が皆Tバックを着るようになるのですが、バーナデットはTバックを着用することはありません。Tバックに対立する組織「反T」、ワンダの妹ベルマの息子タイラーとクロエとの関係、バーナデットの毅然とした態度にTバックを発端とした事件はどんどんと大きくなっていくのですが……。


 あらすじを書くのは難しいのでこのあたりでやめておきます。バーナデットの魅力を語るのって難しい。バーナデットというのは問題の本質をわかっている大人であり、それをクロエに伝え読者に伝える役割を担っています。こうした活動の行く末をバーナデットはよく把握しているのです。本当に問題なのはTバックの禁止でも着用でもないということを。どちらかが正しく、どちらかが間違っているということではないことを。一方が勝利を収めればそれが「正しい」ということではないことを。

 この物語の流れは、クロエが悩む友人関係、Tバック派と反Tとの対立を巡って、そのどちらにも属さないというバーナデットの意思、バーナデットが以前住んでいたコミューンの活動などから、個人と組織について考えさせられます。同じことして仲間になること。異なる行動の者を攻撃することで組織を強めること。小さな友だち関係から大きな社会的活動までにその問題は存在していることを感じます。
 クロエはバーナデットと愛犬デイジーとで過ごすことで、「それぞれが一つの何かでありながら、しかも同時に三つ合わせてまるごと一つになれるってことは気分がいいもんだ」(※1)と感じています。この物語で感じるのはこのことばに集約される気がします。また、カニグズバーグらしいと感じるのがこの社会問題を安易に解決させていないことかもしれません。結局、Tバック派と反Tのどちらが正しい、どちらかが勝っておしまいという問題ではないことが史実からのエピソードを交えて語られます。読み終わったときには自分というひとりの人間はどう生きていくか――何かに合わせるということは本当の意味での人間関係といえる? それとも?――という問いかけを常に抱かせる気がします。

 岩波少年文庫で持っているので、作品集に収められた『影』は未読です。
※1『Tバック戦争』 E.L.カニグズバーグ作 小島希里訳 岩波少年文庫(品切れ)
P63より
posted by kmy at 11:08| Comment(4) | TrackBack(0) | 児童書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
カニグズバーグは『ジョコンダ婦人の肖像』と『スカイラー通り19番地 』だけはちゃんと読んだと言えます。
『クローディアの秘密』も『Tバック戦争』も『800番への旅』も、持っているけど未読なんです。
kmyさんの紹介を読んで、早く読まなくちゃ!という気持ちになっています(笑)。

カニグズバーグも問題提起のうまい作家だなあと思います。
kmyさんの仰る通り、簡単には答えを出したり、勝ち負けを決めたりはしない。
とても考えさせてくれるんですよね。
登場人物にも、読者にも。
子どもの問題は大人の問題なんだと改めて気づかされます。
Posted by ヤヤー at 2006年02月25日 00:06
ヤヤーさん、わたしは『ジョコンダ夫人の肖像』は読んだことがないのです。河合隼雄さんが解説していて読もう読もうと思っているのですけど。

生きていくということは、簡単に解決できる問題よりも解決できないような問題で溢れていて、そのことをうまく示唆してくれているのがカニグズバーグです。だからといって暗くなるのではなく、難しいながらも生きていく、やっていくというのを感じます。
大人の問題、本当に大人になりきってしまった今、いろいろ考えてしまいます。問題なのは大人のほうなのかもしれない、と。
Posted by kmy at 2006年02月25日 15:11
実は『ジョコンダ婦人・・・』は小学校のとき課題図書になったんです。
初めて自分が欲しくて親に買ってもらったハードカバー。四六上製版函入り。
まだ実家にあるはずです。

小島希里さんは誤訳が多くて、『エリコの丘から』などは後日金原さんが修正を加えています。
岩波の検閲が甘かったと話題になりました。
誤訳はともかく大人が問題であるのは確かなことで、この辺り欧米のヤングアダルトの作家はしっかり書いているなあと思います。
とはいえ、日本の作家を読みこなしているわけでもないので、大したことは言えませんが。
Posted by ヤヤー at 2006年02月26日 22:56
小学校の課題図書、そんなにいい本があったのですね。わたしは感想文なんかが苦手でした。何が課題図書だったか覚えていないのです。

カニグズバーグの翻訳問題はとても興味を持ち、指摘サイト管理人さんにメールを差し上げたことがあります。あのサイトを見て初めて『800番の旅』の細かい部分がわかりました。翻訳という問題は難しいですね。作者の狙っているところがどこなのか、翻訳文の言い回しで違う風に取れたりしますから、翻訳文と原文を比べているとどんどん深みにはまってしまいます……。
金原さんが手を加えた方の岩波少年文庫を購入しようと思っていますが、古いものがそのまま本屋さんに並んでいて「いいのかな」と思います。岩波さんも回収したりしないのでしょうか?

大人の問題、頭が痛い〜。それに、本は読んでも読んでも終わることがないです。
Posted by kmy at 2006年02月27日 19:07
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