2009年02月27日

『不思議の国のアリス』2冊

 昨年からアリスの本を何冊か読んでいましたが、いつの間にかリスベート・ツヴェルガー挿絵のアリスが出版されていました。
 ツヴェルガーの絵はどちらかというと冷たい印象を受けます。すっきりした色あい、表情の無機質さ。独特の雰囲気があります。現実ではない、どこか遠くて近い世界というのが感じられます。
 と、挿絵が素敵で有名でしたが、長らく翻訳版はなかったのですね。2008年11月出版のこの本の翻訳は石井睦美氏。

不思議の国のアリス
ルイス キャロル
BL出版 ( 2008-11 )
ISBN: 9784776403210


 ツヴェルガーの絵よりも、翻訳が気になってしまいました。アリスのお話を追うという点で、石井氏の訳はまあ、普通という感じ。毒もないけど特別ここがいいなあ、というのも残念ながら感じませんでした。

Alice im Wunderland
Lewis Carroll
Esslinger Verlag ( 1999-06 )
ISBN: 9783480074709


 さて、いくつか読んだ中でわたしがもっとも気に入ったアリスはこのバージョン、画像はドイツ語版のものですが、日本語版は西村書店から出ているものです。ドイツ語版からの翻訳ということで、翻訳者はラルフ・イーザウの本でおなじみ、酒寄進一氏。挿絵はユーリア・グコーヴァ。ロシア人です。この絵がとにかく気に入ってしまいました。テニエルとも違う大人っぽいアリスで、鉛筆なのか、薄い線画の部分が独特の陰影がある感じ。色あいがどぎつくもなく、優しい感じでもなく、線画の部分とうまく組み合わさって、不思議な世界を出しています。また、赤が印象的に使われていて目に留まります。

 さて、挿絵と共に気になるのが翻訳です。石井訳、酒寄訳、ネットで見れる山形訳を比べてみました。


 石井氏の翻訳は言葉の選び方はちょっとくどいような感じを受けました。逆に酒寄氏の翻訳は歯切れよく、意訳というか、文を再構成している印象です。わたしはこちらが好みだな〜。ただ、この『アリス』はドイツ語版からの翻訳となり、挿絵もドイツ語訳が反映されている部分があるそうで(酒寄氏の掲示板を参照のこと たぶん、ねずみの性別やインコがオウムと訳されているところかと思います)このあたりで好き嫌いが分かれるかもしれません。

 まず、最初のほうでの描写。石井、酒寄訳は「である」調、山形訳は「ですます」調です。酒寄訳はドアが「開かない」という言葉を使わないのが特徴だと思います。石井訳は説明が長い感じです。
There were doors all round the hall, but they were all locked; and when Alice had been all the way down one side and up the other, trying every door, she walked sadly down the middle, wondering how she was ever to get out again. 
(原文はこちら
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 広間のあっちにもこっちにもドアがある。けれどどれもみんな錠がおりていた。どれかが開くんじゃないかとかたっぱしからためしてみたけど、どの一枚も開かなくて、アリスはしょんぼり広間の真ん中あたりをうろついた。どうやったら外にでられるものかと思案しながらね。
(『不思議の国のアリス』BL出版 石井睦美訳 P10)
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 広間にはあっちにもこっちにもドアがあったけど、どれもみんな、カギがかかっていた。アリスは順ぐりに試してみたけど、びくともしない。がっかりしてどうしようか考えながら広間の真ん中に引き返した。
(『不思議の国のアリス』西村書店 酒寄進一訳 P13)
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そのろうかはとびらだらけでしたが、どれも鍵がかかっています。アリスは、ろうかの片側をずっとたどって、それからずっともどってきて、とびらをぜんぶためしてみました。どれも開かないので、アリスはろうかのまん中をしょんぼり歩いて、いったいどうやってここから出ましょうか、と思案するのでした。
『不思議の国のアリス』山形浩生訳


 イモムシとの会話のあたりの文章です。山形訳もいいなあと思いますが、酒寄氏の「むちゃくちゃでしょ」という訳は素敵です。こういう意訳っぽいところが好きです。
This was not an encouraging opening for a conversation. Alice replied, rather shyly, "I--I hardly know, Sir, just at present--at least I know who I was when I got up this morning, but I think I must have been changed several times since then.''

" What do you mean by that?" said the Cater-pillar, sternly. "Explain yourself!"

"I ca'n't explain myself, I'm afraid, Sir," said Alice, "because I'm not myself, you see."

"I don't see," `said the Caterpillar.

"I'm afraid I ca'n't put it more clearly," Alice replied, very politely, "for I ca'n't understand it myself, to begin with; and being so many different sizes in a day is very confusing."
(原文はこちら
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 おしゃべりの始まりがこれでは、先が思いやられるというもの。アリスはおずおずと答えた。アリスはおずおずと答えた。「あの、あたし――あたし、よくわからないの。今という今は――少なくとも今朝目が覚めた時は、自分がだれだかわかっていたの。でも、それから何度も変わったみたいで」
「どういうことかね? もっとちゃんと説明するんだ」イモムシは厳しい口調でそう言った。
「それが、自分じゃうまく説明できそうにないの。だって、あたしは自分じゃないから。わかるでしょう?」
「わからん」
「申し訳ないんですけど、これ以上のことを言うのは無理みたいなんです」と、アリスはとても礼儀正しく答えた。「だいいち、自分自身が理解できないものだから。一日に何度も大きさが変わって、とっても混乱しているの」
(『不思議の国のアリス』BL出版 石井睦美訳 P36)
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 おしゃべりの出だしがこれじゃ、しらけてしまう。アリスはおずおずと答えた。「あたし……あたし、よくわからないの。今のところ……今朝起きたときはわかってたんだけど、それからもうなんども変わっちゃったから」
「それはどういうこと?」イモムシはきびしい口調で言った。「自分で説明してごらんよ」
「それが、自分ではどうも。だって、ここにいるあたしは、あたしじゃないんだもの」
「わからんね」
「これ以上ははっきりとは言えないんです」アリスはていねいに言った。「第一、自分でどうなっているのかわからないんです。一日のうちに、なんども体の大きさが変わるなんて。ちょっとむちゃくちゃでしょ」
(『不思議の国のアリス』西村書店 酒寄進一訳 P42〜43)
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 これは会話の出だしとしては、あんまり気乗りするものじゃありません。アリスは、ちょっともじもじしながら答えました。「あ、あ、あの、あまりよくわかんないんです、いまのところ――少なくとも、けさ起きたときには、自分がだれだったかはわかってたんですけど、でもそれからあたし、何回か変わったみたいで」

 「そりゃいったいどういうことだね」といもむしはきびしい声で申します。「自分の言いたいことも言えんのか!」

 アリスは言いました。「はい、自分の言いたいことが言えないんです。だってあたし、自分じゃないんですもん、ね?」

 「『ね?』じゃない」といもむしが言います。

 「これでもせいいっぱいの説明なんです」とアリスはとてもれいぎ正しくこたえました。「なぜって、自分でもわけがわからないし、一日でこんなに大きさがいろいろかわると、すごく頭がこんがらがるんです」
『不思議の国のアリス』山形浩生訳 


 もうひとつ、酒寄訳お気に入りの部分はコショウのところ。「とろけちゃう」の訳が気に入っています。石井訳はうーん、弱いというか、法則のおもしろさがあまり出てない気がします。
"When I'm a Duchess," she said to herself (not in a very hopeful tone, though), "I wo'n't have any pepper in my kitchen at all. Soup does very well without--Maybe it's always pepper that makes people hot-tempered," she went on, very much pleased at having found out a new kind of rule, "and vinegar that makes them sour--and camomile that makes them bitter--and--and barley-sugar and such things that make children sweet-tempered. I only wish people knew that: then they wouldn't be so stingy about it, you know---"
(原文はこちら
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「あたしが公爵夫人だとしたら」と、アリスはひとり言。(なりたいわけではなかったけど)「あたり、キッチンには絶対コショウを置かないわ。コショウ無しでもスープはおいしくできるし――それにみんなが怒りっぽくなるのはコショウのせいよ」
 アリスはあたらしい法則を発見したことにすごく気をよくして、先を続けた。「不機嫌にさせるのはお酢のせいで――苦い思いをさせるのはカモミールで――それから――それから、子どもをいい子にさせるのはキャンディーとかそういうもの。大人がそれを知っていたら、お菓子をけちけちしたりしないでしょうね」
(『不思議の国のアリス』BL出版 石井睦美訳 P71)
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「もしあたしが公爵夫人だったら」アリスはひとりごとを言った。(もっとも、そんな期待はさらさらなかったけど)「あたし、台所にはぜったいコショウをおかせないわ。コショウを入れなくったって。おいしいスープはできるし、だいたいみんながかっかするのはコショウのせいよ」アリスは、新しい法則を発見したと思って、有頂天になった。「お酢を飲めばすっぱい思いをするし、苦い薬を飲めば、苦にがしくなるし、キャンディをなめれば子どもの心もとろけちゃう。そこんところを大人がわかっていればねぇ。キャンディをけちったりしないんだろうけどな」
(『不思議の国のアリス』西村書店 酒寄進一訳 P78〜79)
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 「あたしが公爵夫人になったら」とアリスはつぶやきました(が、自分でもあまり見こみあるとは思ってなかったけど)「台所にはコショウなんか、ぜーんぜんおかないんだ。スープはコショウなしでもじゅうぶんおいしいもの――人がカッカしちゃうのは、みんなからいコショウのせいなのかも」アリスは、新しい規則みたいなものを見つけたので、とても得意になってつづけました。「それでみんながにがにがしくなるのはサンショウのせいなんだ――しぶくなるのは、茶しぶのせいで――それで――それで子どもがニコニコしてるのは、おさとうとかのせいで。みんながこれをわかってくれればいいのに。そうしたら甘いもの食べすぎてもあんなに怒らないだろうし――」
『不思議の国のアリス』山形浩生訳 

 というわけで、今のところ文章と挿絵がわたしにとってベストなのは西村書店の『アリス』なんです。ただ、ドイツ語版からの役という特殊な訳であることと、値段が高いこと(¥3045)がネックなのか、この本に関しての記事というのはあまり見つかりませんでした。『アリス』の比較をされているThe Rabbit Holeでのコメントは微妙な感じ。読みやすいが値段が貼り、最初に買う本としては勧めないとあります。ドイツ語からの訳は興味深いとはありました。でも、わたしはこれを買いました(笑)新「アリス」訳解では訳はなじみやすく参考にしたとあります。

 ドイツ語からの訳ということでやや独特のものがありますが、言葉遊びの部分(海の学校など)はカタカナに頼ることなく、訳を出していますし、何より地の文の読みやすさが好きです。
たとえば「大広間も、ガラスのテーブルも、小さなドアも、あとかたもなく消えうせていた」(石井訳 P27)「あのおっきなろうかは、ガラスのテーブルや小さなとびらともども、完全に消えうせていました。」(山形訳)の「消えうせる」に対して「大きな広間もガラスのテーブルも小さなドアも、みんな影も形もなくなっていた」(酒寄訳 P33)のような表現。こういう訳をみるといいなあと思ってしまいます。
 
 ちなみに、グコーヴァ版『アリス』はロシアで出版された際に挿絵がいくつか変わっているようです。グコーヴァのサイトで見ることができます。

不思議の国のアリス 
ルイス キャロル著  酒寄 進一訳
ユーリア グコーヴァ 絵 
この記事へのコメント
翻訳者によってこんなに印象が変わるものなんですね!
比較するとはっきりわかって面白いです。
私も酒寄氏訳が好みです!歯切れよく、口にして読んでみてもテンポが良くていいですね〜。
詩とかでは、いかにも訳しました的な硬い日本語表現も好きですが、「アリス」という作品の内容からみても、物語の雰囲気まで味わえるのは酒寄氏訳だと思います。でも結局は好みの問題なのかしら?
翻訳って難しいんですね〜。奥が深い・・・。
翻訳者の個性によって、得意分野もあるんでしょうね。

ツヴェルガーの絵は好きですが、このアリスはまるで生真面目な女学生のようですね・・・。石井氏訳は絵に合わせたのかなぁ???と思ってしまいました。
Posted by koba at 2009年03月04日 18:31
kobaさん
コメントありがとうございます。
英語本来の面白さというものを追求すると、酒寄氏の訳は訳し切れていない部分があるのだと思います。
とはいえ、地の文や会話のテンポなんかはとても好きな雰囲気の文章です。
kobaさんがコメントしてくださったように、訳文は絵に合わせているのかもしれませんね。
石井氏の役がやや硬い印象を受けるのは、アリスの絵の感じがあるのかもと思いました。
グコーヴァのアリスはいたずらっぽい感じがします。絵と訳文があっている感じがします。
読むほうは勝手なことを言ってしまいますが、翻訳って本当に難しいのでしょうね。
Posted by kmy at 2009年03月04日 19:39
わたしもツヴェルガーの絵本を借りて来ています。
未だに数ページしか読めてませんが(大汗

先にこのシリーズの『オズの魔法使い』を借りて読んでいました。こちらは江國香織訳です。ちょっと上手過ぎるのが玉にキズです(笑)。
それで訳文の違いの理由について考えたのですが、『オズ…』も『アリス』も100ページなんです。石井訳は出版社の方針かツヴェルガーの原書に忠実に訳してるのかなと思ったのでした。ページ数の制約があるのも面倒なものなのかも。

山形訳は知っていましたが、酒寄訳ははじめてです。
『アリス』コレクションに加えておきたくなっています。
その前に図書館にリクエストして読んでみようかな。イラストもよさげですしね♪
Posted by ヤヤー at 2009年03月08日 00:36
ヤヤーさん
ちょうど100ページとは知りませんでした。
本の厚みやイラストの位置なんかも、制約があるのかもしれませんね。
割と上品なイメージのアリス、という印象でした。
ツヴェルガーの『オズ』も気になりつつ、アリス同様、文章が多いのですよね。まだ借りてきていません。
久々に読んでみようかな、と思うのですが。
(目がねがついていましたよね)
アリスの本は結局グコーヴァ版を買ってしまいました。
この訳とこの絵にはぴったりはまりました♪
昨年終わりくらいからグコーヴァの絵がとても気になっています。
翻訳が少ないのが残念です。
Posted by kmy at 2009年03月08日 18:44
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