2009年02月12日

志賀直哉を読む

 古い文学全集の中の一冊で「志賀直哉集」を見つけました。夏目漱石の「こころ」が面白かったので、有名で読んでいない文学を読んでおこうと思い立って出してきたのです。志賀直哉といえば「暗夜行路」。タイトルと作者だけは知っていますが、内容は全く知りませんでした。いい機会なので読んでみることに。短編が最初に収録されていて、「網走にて」「小僧の神様」「清兵衛と瓢箪」「城の崎にて」「邦子」「雨蛙」「剃刀」「好人物の夫婦」「十一月三日の出来事」「焚火」「万暦赤絵」「痴情」を読んでいるときはすいすいと進みました。わかりやすい場面の描写、一瞬の出来事にはっとする、そんな感じです。「暗夜行路」はどんな話なのだろう、と短編を読みながら期待していたのですが――読み進めるのがかなり苦痛な話でした。一週間も暗い小説に浸かっていました。

 「暗夜行路」は話の筋があるような、無いような、そんな感じです。主人公の時任謙作は同人で物書きらしいのですが、どんな作品を書いているのかよくわからなかったのと、書くということで儲かっているとか、読者に支持されているとか、そういうことはわかりません。経済的には受け継いだ財産があるので全然困る事はなく、思いついたらどこかへ引っ越してみたりします。よく出てくる「拘泥」ということばが主人公を象徴しているのか、自分のことでたびたび悩んでくさくさしている、その連続が小説になっています。出生の秘密について悩みますが、読んでいてあまり衝撃を受けませんでした。何故だろう? 主人公がいかにもそんなことがありそうだからでしょうか? そんな感じで第一部、第二部が終わります。
 第三部へ入ると、これまでとは変化が起こります。主人公が結婚するのです。その結婚生活は順調とは言いがたいことが起こり、さらに主人公が「拘泥」することになる妻の告白があります。このあたりの出来事はわかりやすいというか、それは悩むだろうなあと思うような場面が次々に描かれます。「拘泥」からまた主人公は別の場所に移り住み、どことなく余韻を残して終わります。

 主人公の「拘泥」というのは、読んでいる最中にあまり共感するものではないのですが、考えてみると、自分自身も些細なところに囚われてはそこから抜け出せない、そんな気分になることがよくあるものです。その抜け出そう、どうにかしようともがくということはあります。住む場所を変えてみたりしても、なかなか完全にはそこから抜け出しきれない、何かをしてみても自分はそんな運命に生まれついているのかもしれない、という気持ちから脱しきれない、そんなものを描いているように、後から思いました。読んでいるときには、ただただ長く面白くなく。この暗くて長いから「暗夜行路」だったのか〜としみじみ思いました。

 しかしながら、この小説に描かれている時代の様子は面白いです。大正時代なのですが、この時任謙作という文学青年は受け継いだ資産で暮らしているようで、経済的にはまったく困っていません。今とはまったく違うのでしょうね。利子とか地代なんかで困らない暮らしが出来た地代なのでしょうか。そういうお金の管理は主人公がしていたのかどうか、よくはわからないので気になります。ときどきいく廓というものが、この時代ではどうだったのかなあ、と考えてしまいます。こういうところは青年が出入りするのも普通だったのか、結構料金高いのかなあなんて気になったりします。船旅で行く日本旅行、そしてどういうルートで行ったのかはよくわからないのですが、韓国へも出向いています。この地代の旅行というのは、どういう人がどういう感じで出かけて行ったのだろう、などと、そういうことに目が向いてしまいます。家を借りるというのも、とりあえず引っ越したい場所へ出向いて旅館に泊まりながら空き家を探しています。昔の日本の様子を伺い知るには面白いかも、と思いました。主人公はあまり好きになれなかったのですけどね。

読んだ本『日本文学全集11 志賀直哉集』 新潮社 1967年

posted by kmy at 20:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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