2009年02月10日

火事

 先週のことです。突然広報無線が鳴り響いて「火災発生、消防団は出動してください。場所はA地区、○○付近……」と放送が入りました。火災現場は家から歩いて5分かからない場所。しかも、その○○という場所がよく知っている家の方の仕事場でした。消防団に所属している主人は現場へ駆けつけていきました。消防車が来て、国道が通行止めになったようで、その後停電もしました。いったいどうなっているんだろう?と思いつつ、見に行くのも迷惑なので、保育園のお迎えのときに遠目に煙が出ているのを見ただけです。迎えに行く時間は火災発生から既に1時間以上たっていたのですが、消防団のポンプ車も国道に止まっているのが見えるし、まだ消えないだろうか、と気にかかりました。5時前くらいに鎮火したという放送が入りました。

 5時過ぎたころに、寒いし靴下が濡れたから着替えに来たという主人に話を聞くと、作業小屋が燃え上がってていて、手がつけられない状態になっていたそうです。その後も燃え広がっていき、隣の別のおじさんの作業小屋も燃え、裏の材料置き場などが燃えたそうです。一軒住宅があり、そこだけは燃え移らないように放水し、そこは無事だったそうですが、Fさんの作業場などは全焼したそうです。しかも、その仕事というのが畳屋さんなので、藁やいぐさなど、燃えやすいものが多く、あっという間に燃え広がると共に、くすぶっていてなかななか消えないとのことでした。

 結局、作業場、タイヤ倉庫、材料置き場など6棟を焼いた火事だったとのこと。幸い、隣の住宅には延焼せずに住んだそうです。この火事の元の畳屋さんの自宅も近所で、おばさんにはよく漬物をいただいたり、パンを自宅で教えたり、と本当によく知っているお宅です。そうした、本当に身近な方に起こった火事という出来事。ただ、場所が近いというだけでなく、気持ちの上でも、恐ろしく感じています。先日、火事見舞いに訪れ、お話を伺いましたが、帰省していた娘さんが現場に行き、「お母さんは行かないほうがいい、凄い火だから。たぶん見ていられない」と言われ、鎮火するまで自宅にいたそうです。その場を見たら倒れてしまったかもしれない、それくらい凄い火だったそうです。
 実際に火事を見てはいませんが、よく知っている場所、よく知っている方のところということが、よりいっそう怖さを感じるのです。いつそういうことが誰にでも起こりうること。今まで当たり前、普通、平凡な、そんな形容詞で語られる日常とは別の現実突然に訪れること。今、生きているということも、当たり前のようでいて、そうでもないのかもしれない、とときどき思います。今日はよくても明日は恐ろしいことが起こるかもしれない、そんなことをときどき考えます。阪神大震災があったときに大阪にいて、自分のところはさほどではなかったけども、凄いことがおこったということがあってから、こういう災害を見ると本当に人ごとではない気がしてなりません。気をつけていても何かあるときはあるような、なんだかそんな気がしてしまいます。それでもやっぱり人間は生きていかなくてはいけない、そんなことを思います。だからなのか、ハッピーエンドのお話よりも、こんな状況でも生きていかなくてはいけないのだなというような物語を好んで読むのかもしれません。


posted by kmy at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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