2009年01月30日

やってみたいなあ

 栽培するということは殆どやったことがありません。友人がプランターで育てたらたくさん出来ちゃって、といってもらったルッコラがあまりにおいしかったので、自分でもできるかも、と大き目の植木鉢で一度栽培してみたものの、その1回で終わってしまいました。それでも、なんだか育てて収穫してみたいものがあります。――ひょうたんです。

 志賀直哉のの「清兵衛と瓢箪」を読んでいたら、ひょうたんに惹かれました。清兵衛はひょうたんを栽培していたわけではないですが、子どものころ、ひょうたんを作ってくりぬいて、というのをやってみたいと思ったことを思い出したのです。

 たまに遊びに行く家にひょうたんがたくさん飾ってあったように思います。通りに面したその家からは見えない家の裏にはちょっとした庭というか、畑のようなスペースがあって、そこでひょたんを育てて、自分で中身を出して作ったものだった、という話だったと思うのです――10歳くらいのころの記憶です。子どものころの記憶もだんだんと遠ざかってくると、奇妙な感じで、本当のことだと自分では思うのですが、裏庭(裏の畑)でひょうたんを作っていた風景を見たような気がしつつも、それは後から作られたような記憶なのかもという感じもします。子どものころよく読んでいたアフリカ民話でもよくひょうたんがでてきてたように思います。(今度読み返してみようと思います)ひょうたんというのが、物語の中ではとても役に立つものとして登場するところなんかがとても気に入っていました。

 ひょうたんを育ててみたいですが、園芸知識が皆無のわたし、人生のうち、1年くらいはひょうたんを作っておいたほうがいいかもしれない、とこのごろ思うのでした。今年挑戦してみようかな。やっぱり問題はどこに植えるか、ということに尽きるなあ。


posted by kmy at 21:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
瓢箪って、形がとても面白いと思います。
小学生の時、図工の授業で陶芸をやったことがあり、私はひょうたん型の灰皿を作って父に贈ったことを思い出しました。

植物のヒョウタンを容器としての瓢箪にする作業、テレビで見たことがありますが、傷がついているとダメみたいで、なかなか大変そうに見えました。
それだけに、ちゃんと仕上がると喜びもひとしおのようでした。
うろ覚えですが、清兵衛は瓢箪を磨くのでしたっけ?本人は知らないけれど、彼の仕上げた瓢箪にとても高い値がついたことだけを覚えています。
磨くほどに艶が出る、というのも作り甲斐がありますね。
ぜひ、挑戦してみてください。

Posted by 二尋 at 2009年02月12日 21:35
二尋さん
図工でひょうたん、いいですね。
わたしは実際に出来上がったものしか見た事がないので、おもしろそうな気がしています。
ネットでひょうたん栽培について調べましたが、殆ど園芸に無知なのでうまく育つかわかりませんが、やってみるのもいいかもしれません。二尋さんの行動力を見習って、春に種か苗を買ってみようかと考え中です。

「清兵衛と瓢箪」はそうそう、高い値がつく話です。今、日常的に瓢箪を売る店なんていうのもないものですよね。なんだか昔はちゃんと循環されて土に返ってというそのサイクルで暮らしていたんだなあと思うと、そういうのが本来的なのかもしれないなどとも考えてしまいます。
Posted by kmy at 2009年02月13日 19:00
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