2008年09月08日

『チャパーエフと空虚』

4903619044チャパーエフと空虚
三浦 岳
群像社 2007-04

by G-Tools


 8月後半はこの本をじっくりと。実在の人物や昔のロシアの時代的な描写、哲学的内容がいろいろ出てくるので、それがわかればもっと楽しめるのだけど、さすがに知識不足……。この本の構成といい、現実と非現実の重なりあいといい、好みなんです。それだけにもっと内容の細部が楽しめるといいのに、と自分で自分を恨みたくなりました。

 『カラマーゾフ』もそうだったのだけど、本のなかの1日が濃くて長く感じます。作中では1日なのに、現実に考えたり、人名を調べたりしてとまったりすると、本当に長く感じます。普通は逆で、物語ではどんどん時間が過ぎたけど、読み終えるのがあっという間だった、というのが多いのに。それだけに、この主人公「空虚(プストタ、苗字です)」が考えている夢と現実の区別とも重なり合うような、そういう読書でした。

 誰かによって書かれた本として存在している本文というのと、時代・年代と実在、非実在の人物がどんどん混在してきて、この話は本当なのか、この人物は本当にいつのか?と常に混乱させます。そこがまた、主人公を取り巻く現実と非現実(夢)のどちらが現実というか、というところにつながるようにも思えてきて、面白いのです。
 作者は日本通らしく、日本の歴史・文学的内容をうまく混濁させて語るセルジュークの夢はかなり面白く読めました。カワバタ・ヨリツネなる人物が、タイラ商事の採用試験を行うのですが、その際に出てくるありえない日本的雰囲気を持つ会社。ゲタをはき、提灯を持って歩き、漢数字で書かれた横開きの扉に、なんて感じです。給料は米二百五十石だとか(笑)ところどころ実在の日本人がでてくるのですが、それが一見史実に見えてまったくの創作。途中で中国の荘子なんかも出てきて、これは本当っぽく見えたのはウソだったな、とわかるのです。たぶん、こういうことが他のあちこちにもちりばめられていて、ロシア人が読めばよく言うよ、こういうこと!のような感じがあるのでしょう。タイトルにでてくる「チャパーエフ」にしてもわたしはまったく知りませんでしたが、ロシアでは有名な人物だそうで、そのイメージが想起されてそのずれや類似などがきっと面白く感じるに違いない、と思います。映画としてかなり有名作品で、その映画に出てくる人物も出てきますから、先に映画を見てある程度のチャパーエフ観を持ってから読めばいいかも、などと感じました。

 英語タイトルは"Buddha's Little Finger"で、タイトルになった仏陀の指も出てきます。仏教的なことももう少し詳しく考えたいと感じます。「空虚」は仏教的「空」にも通じるようです。現実と非現実(夢)がどうして区別されるのかについて、考えてしまいます。
この世のすべては想念の渦に過ぎず、この世が現実的に見えるのは、たんに人がその渦の一部になっているからだ。たんに人が知っているからにすぎない。P392

 表紙見返しに「ロシアの村上春樹」とあります。村上春樹氏の小説にでてくる主人公とは雰囲気は異なるように感じます。物語の構成が、幻想と現実の混ざったところ、心の世界に比重が置かれるところなどが、やや似ているのかも? 現実と夢のどちらが主人公にとって現実となるのか、というようなところが『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に近いかも、と思いました。

参考:
映画チャパーエフ(ロシア映画アーカイブズ)
書評Book JAPAN『チャパーエフと空虚』
生活の中の仏教用語「空」


posted by kmy at 14:42| Comment(2) | TrackBack(0) | ロシア | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
タイトルの「空虚」という文字と、kmyさまのそそられる文章に惹かれて、つい手にとりたくなりますが、多分、今の私には到底読み進められそうになさそうです。
現実と非現実が混在して、非現実がいかにも現実のように語られるところは、ラテンアメリカのマジックリアリズムに近いのでしょうか?
でも、ロシアと南米では、ぜんぜん気候が違うから・・・。ロシアというとやはり硬質なイメージがあります。

村上春樹といえば、昨日実家からの帰りの電車の中で、ずっと『東京奇譚集』を読んでいました。
介護という、どこまでいっても日常的な作業の積み重ねしかない現実に身を置いているのに、不思議と意識は現実からはずれていく気がします。
そして帰ってくれば、職場は運動会というやはりどこまでいっても現実的な行事の真っ只中。
現実のど真ん中に身を置きながら、意識は現実の縁を抜き足でたどっている。
そんな気分にぴったりな本でした。

私ごとばかりでスミマセン。
ブログからもずいぶん遠ざかってしまっていますが、「雨降り木曜日」にかろうじて繋ぎとめてもらっている感じです。
Posted by Helenaヘレナ at 2008年09月10日 12:30
ヘレナさん
介護というのは大変ですよね。
誰でも年をとる、自分もきっととる、車が運転できなくなったら、ごはんを作れなくなったら、日常の動作が大変になったら、最近考えます。
看る人のほうも本当に大変なのですよね。
往復にかかる時間と心労もかなりのものだと思います。
お体には本当に気をつけてください。
息抜きできるように、いい本があると違いますよね。
『東京奇譚集』のなかでは、3番目の話がよかったと思いますが階段がでてくるお話でしたよね――もう一度読み直してみます。この短編集は1度しか読んでいなくて、結構忘れています。

マジックリアリズムというのが実はよくわかっていません(大汗)
ラテンアメリカ文学、ほとんど未知の世界です。ヘレナさんは結構読まれているご様子で、またオススメをうかがいたいと思います。
現実と非現実が混在というと『マジック・フォー・ビギナーズ』(ケリー・リンク)のような感じを思います。
『チャパーエフ』は混在というよりも、夢と現実ををどう認識するかというのが面白い小説です。今自分が現実だと思っている現実が本物だといえるのはなぜなのか、夢だと思っているほうが現実ではないのか、というような感じです。
映画の『マトリックス』のような感じというような感じでしょうか。
夢を見ている自分(=現実)と夢で行動する自分(=夢)があり、現実のほうが夢のようで、夢のほうがより現実的に見えるというような感じです。
こういうタイプの物語が好きなのですが、『チャパーエフ』はその現実と夢との部分での細部を楽しむ余裕なく、わたしはまだまだの物語でした。
Posted by kmy at 2008年09月10日 19:17
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